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2010年3月21日 (日)

競歩する女子を見て考えた

ロックとはなにか

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走っていたら。

たぶん大学生の女の子3人が、競歩の練習をしていて、

女性が競歩をする姿を、私は生で初めて見て、

女性の身体全体がくねくねと、でもブレずに動く様に

人間として、なにかとても大事なものを見ている気がした

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過去に。男性が競歩するのを実際に見た事もあるが、

私も陸上全般に愛情があるほうだけれど、

まあ、人気が出る競技じゃないよなあ、とは正直思った。

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が。女性が競歩している姿は、はっきり言ってかわいい。

競歩の動きと女性の身体は合っている、と思った。

「フィギュアスケート(の華)は女子」であるように、

競歩は女子のスポーツという考え方の方がいいのかも。

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で、私は走りながらぼんやり考えた。

そういえば競歩のプロ選手はいるのか?

競技をサポートするお金持ち・企業?は、

競歩OB以外に存在するのか? 分からないが、

競歩競技が今のところ存続しているからには、

支持者が脈々といるはずだが、

これから競歩の競技人口が増えていき、すそ野が広がる

そういう未来も、私にはどうも考えにくいので、

ほぼ同じ数のひとたちによって(緩やかに減少しつつ)、

密かに?愛されていくのかもしれない。

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そう。私は古いロックの未来のことを考えていたのだ。

固定化したジャンルのはなし、そういうことかもしれない。

で。私は悲観的な話はしないから、話は女の子である。

つまり、女子による競歩は、私のなかで、

競技(競歩)のエクスプロージョンであり、

スポーツ・芸術のいちばん大事なところに触れていた、

そんな直感があった。

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もし競歩が、自分たちでなく無関係な人も巻き込んで、

「競歩はなかなかたのしいでしょう?」と発信したいなら

女子競歩こそ、競技の華にしたらいい。

私はロックの話をしているので、つまりは、

競歩における女子のような、なにかエクスプロージョンを

物事の根幹をいちばん表出しやすいものを求めていく。

ロックがロックであるためには、絶えずそうするしかない

ジミヘンのギターと競歩する女子はつながっている。

(のぶ)

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