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2011年4月 8日 (金)

震災から27日 ボランティアをしに行く

マイ・ボランティア・スピリット

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近所の体育館に、福島から避難してきた方々が来ていて

先日、ジョギングついでに、ちょっと覗いてみましたが、

寒い夜、ぼんやり光る、体育館は体育館。

人が暮らすところではありません。

ちらと、現場をのぞくと、

体育館とか、共同生活とか、正直、ほんとに?って感じ

この暮らしがいつまで続くのかわからない、というのは

避難者への応対として、あまりに、ひどいのではないか。

私個人的な考えとして、まず、

会社の保養所とか、社員寮とか、関西地域へ、とか

もう何でもいいから「人並みに住むところ」を提供して、

そもそも、避難=みんなで体育館、という発想自体を

やめるべきではないか。そんなことを思った。

ところで、その夜。

入口にボランティア募集の紙が掲示してあるのを発見。

おれ!何かやろうかな!おれ!とか思いはじめ、

すぐに何かボランティアできるなら(または登録しに)、

きょう、えいっ!と、体育館に行ってみた。

が、入口に、

避難者の方々はこの体育館を出られ、ご帰宅されました

との張り紙が。

え?

おれ、ボランティアしたかったのになあ。残念だなあ。

せっかくなあ。がっかり。なんだ、いないのか。と、

おもったのは、5秒くらい。

10秒たって。そうか、帰宅した、うちに帰れた、のか。

体育館での暮らしを終えて、本当に良かったなあ、と

私はおもった。

そして、

地域ボランティア随時募集!との張り紙は、見ぬふり。

「そういうこととは、違うんだよな…」とかなんとか言って

結局、わが、不純な?ボランティア精神を反省しました。

「なんだ、いないのか」は、われながら、最低です。

こんな時こそ、こんな私がボランティアする!たのしさ!

そんな私の不純な?ボランティア精神は、

結局、実現しなかったけれど、

やれば、誠心誠意、はたらいたと思いますが、

私の不純さは、ボランティアとして、いかがなものか。

「被災地(者)に向けて」音楽をすることが許される人、

それは、老若男女、誰もが知っている有名人、だと思う。

もしくは、老若男女、誰もが知ってる歌を持ってる歌手。

それ以外の、誰?って歌手(有名人?)は、

私のボランティア精神と、だいたい似たようなもので、

「被災地に向けて」音楽をするなんて、ムリだと思う。

「君、なんか、楽しそうだね」という風にしか見えない。

何かよく分からない話になってきましたが。

私は、いま、全然まったく有名ではないけれど、

音楽をしなければいけないと、日増しに思っております。

ただ。いま、「被災地のために」届けることはしない。

しばらく経って、私の歌が、被災地の方々に届く、

そういう歌、そういう届き方、もあるな、と思っています。

私が今、関心があるのは、被災地以外の人同士で、

この震災を、どのように感じ合い、伝えあうか、であり、

被災地のリアルが届かない、チャラい?私達が、

被災地の方々とどのように「共生」していけるか、です。

これ書いている途中、強い揺れを感じて、おびえる。

ここは、震度4。(宮城で、6強、とのこと)

「しばらく経って」っていつだろう。まだまだ続くのですね。

(のぶ)

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