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2011年4月 6日 (水)

震災から25日 ある母子に捧ぐ

ご冥福をお祈りします

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新聞に、こんな記事がありました。

 親子らしい女性と女の子が、屋根の上にしがみついたまま沖に流されていくのが見えた。どうすることもできなかった

これを読んで、私は、なんかずっと、

この母子のことを考え続けていて、

やはり、最期は、海に沈んでしまったのだろうな、と思う。

もう少し、正確にいいたい。

沖に流されていく屋根の上も、次第に海に沈み、

意識があるままに、ふたりは海に浸かっていって、

(その時、母子は手をつないでいただろうか)

潮の強い流れに泳ぐことも出来ず、すがるものもなく

少しは自力で水面に顔を出していたかもしれないが、

力尽きたのが先か、大量の水が口に入ったのが先か、

私が思ってしまうのは、

最期の瞬間まで、恐怖が長すぎることの残酷さ、です。

「大丈夫、きっと、どうにかなる」と、

沖に流される屋根の上で考えることが出来るだろうか

むしろ。ふたりで、死ぬことを確信しながら、しかも、

はっきりとした意識で、「最期、どうやって死ぬのか」

ということを考えざるを得ない状況にある。

これは、かわいそうだ。あまりにひどい。

私はまだこのブログで一度も「ご冥福をお祈りします」と

いう言葉を使った事がありません。

震災直後は、親戚と連絡がとれなかったこともあり、

まだそういうことは言いたくない、という気持ちもありましたし

その親戚と連絡が取れてから後も、

実態のつかめない、あまりに膨大な、

ひとりひとりの死、ということに、

私の「ご冥福をお祈りします」が、ぼんやりし過ぎている

と、私なりに感じていたからです。

ですが。私は、新聞で読んだ、この母子のために、

はじめて、心をこめて、言えるような気がします。

この母子のご冥福を、心から祈っております。

(のぶ)

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