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2012年11月 6日 (火)

たまに映画の話 北野武『アウトレイジ ビヨンド』を観に行く

映画の日。

北野武監督『アウトレイジ ビヨンド』(以下ビヨンド)を観てきました。

先日、テレビで前作『アウトレイジ』を放映していて、とりあえず観たら、椎名桔平の存在感があまりにも良い。

椎名桔平が忘れがたく、それだけでも『アウトレイジ』は観る価値があった。

『ビヨンド』も、なにかしら良いものがあるかもしれない。

北野映画を劇場で観るのも、たまには良いかな、と。

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『ビヨンド』の見どころは、なんといっても、たけしと中野英雄が、西田敏行らと言い合いになるシーンです。

画面上がどんどんピリピリピリピリしてきて、これは一体どうなっちゃうんだろう?どうやって収拾をつけるのだろう?というサスペンス具合がすばらしい。

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いくらなんでも中盤で主人公のたけしが死ぬ展開はないだろう、とは思うも、

われわれは北野映画『BROTHER』で、寺島進が自分のこめかみに銃口をあてて、あっけなく死んでしまったのを観たことがある。

「いくら映画だからって、あれはどうなのかなあ、」と私は今でも思っていますが

あれが一度あったことは、映画史において、意外とずしりと響いているかもしれず、

たけしが拳銃を向ける相手(塩見三省)に対し「やってみろよ、コノヤロー!」と挑発すると、引くに引けない状況がどんどん極まり、どういう結果になるか、全く混沌としていました。

あの言い合いのシーンのサスペンス具合はすばらしかった。

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しかし。ただのおっさん同士の口げんか、ともいえ(そこが映画のすばらしさでもある)、

まさかあのシーンを撮るために『ビヨンド』が作られたわけではないだろう。

言い合うシーンを撮ることがはじまりの目的ではなく、

あくまで、やくざ映画を撮るということがまず先にあって、その流れの中で、あのようなすばらしいシーンが生まれた、と考えるのが妥当で、

つまり何が言いたいかというと、

作品(映画)の出来を決める最重要なポイントも、あくまで制作中の流れの中でうまれるものであり、

まずは作ってみなさい、ということ。

私も音楽、がんばります。

(NB)

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