« ひとは同じひとなのか | トップページ | のらちゃんセカンドシーズンvol.1 愛される理由(わけ)? »

2013年10月19日 (土)

誰かといっしょに走ってみればわかる

最近、「~のように」が、なんかイヤだ。

「~のように」と言いかえることで、

ものごとをわかりやすくしている、ということに対しても、なんか違和感を感じるし、

「~のように」と言いかえ、その上手さに「どうだ!」と勝ち誇っている筆者の姿が思い浮かぶ、そんな文章を読むと、げんなりする。

--

--

先日、NHKの「地球イチバン」という番組で

世界中のウルトラマラソン(100㎞)の好成績で有名になった、メキシコの山岳民族を追う、という回があったのだが、

それが、ものすごくおもしろかった。(再放送 23日水曜 午後4:05~)

地球イチバン 番組HP http://www.nhk.or.jp/ichiban/index.html

--

とにかく、なにかと、よく走る民族であり、

「あなたたちは、なぜ、走るのか?」という質問に対し、

「誰かといっしょに走ってみればわかる」という答えを言った、

というところに、しびれた。

--

「誰かといっしょに走ってみればわかる」

明確な答えではないかもしれない。

しかし、質問した人に対して、質問を受けた人は、たしかに自分なりの「答え」を言っていて、

質問した人は、彼の答えを、実際、誰かといっしょに走ってみて、知る。

「あ、こういうことか」とわかるかもしれないし、

「ん?よくわからないな」と思うかもしれない。

--

でも、質問を受けたメキシコの山岳民族のひとからしたら、

誰かといっしょに走ってみなければ、「なぜ走るのか?」は説明できないのであって、

「なぜか。それは~だから。」という答えでは伝えられないことなのかもしれなかった

--

--

「誰かといっしょに走ってみればわかる」

ことばに身体が組み込まれ、連動していくような、

こういうことば遣いをしていきたい。

明確な答えは、ことばに頼り過ぎている。

簡単な質問に、簡単な答え。

あなたが知りたいこと。あなたが知ること。

それを支えることば。

ことばって、そんなに頼りがいのあるものか?と。

そうではないんじゃないか。

--

--

The mississippi delta was shining

like a national guitar

ミシシッピ・デルタは

(金属板の)ナショナル・ギターのように輝いていた

『グレイスランド』 ポール・サイモン

http://www.youtube.com/watch?v=OtT7Og2LBbE

--

私はこの曲の、この歌いだしが非常に好きで、

英語を解さない私でも、

ミシシッピデルタはナショナルギターのように輝いていた、

水面が白銀にぴかぴかと光り輝くイメージが、ポールサイモンの歌声から感じられる。

--

「~のように」に、ちからがあることもわかる。

比喩によってイメージがどんどん拡大していって、予想もしない世界に連れていってくれる、こともあるだろう。

私はなぜ「~のように」がイヤになったのか。

よくわからないけれど、とにかく今は、

「誰かといっしょに走ってみればわかる」のちからに惹かれる。

(NB)

グリマーズ連のライブ

11月18日(月)

新代田FEVER

« ひとは同じひとなのか | トップページ | のらちゃんセカンドシーズンvol.1 愛される理由(わけ)? »

のぶ記」カテゴリの記事