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2014年2月27日 (木)

のらちゃんセカンドシーズン第5回 しっぽを振ってくれる

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のらちゃん。

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FEVERに行くと、入口にはわんちゃんがいて、

太いしっぽをわっさわっさ振ってお出迎えをしてくれるのが、超かわいい。

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それにしても、

のらちゃんは、しっぽを振らない犬である。

私がしばらく家を空けて、帰ると、ぴょこぴょこ、しっぽを振ってくれるし、

私がお風呂から、のらちゃんのそばに戻ると、ちょこちょこ、軽くしっぽを振る。

それ以外は、ほとんど振らない、

散歩中に、見知らぬ人にしっぽを振るなど、まずありえない。あったとしたら、かなりレアケースである。

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だから、しっぽを振ってくれるよその犬に出会うと

その気前の良さに、私はいつでも、軽く動揺する。

のらちゃんの、あれはなんなんだ?とおもってしまう。

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過去によっぽど人間不信になるできごとがあったろう

そもそも、のらちゃんはいちど、飼い主に捨てられているわけだし(理由はなんにせよ)

誰にでもしっぽを振るなんて、そりゃできないか、ともおもう。

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過去のブログ記事で「しっぽを振ってくれた」という題のものがあり、久しぶりに読んでみた。

http://glimmers-len.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/28-3a9c.html

まず、のっけから、私は「犬」と記していることに、今更ドキッとする。

この頃はまだ「犬は飼えないし、なんとか引き取り手を探さないといけない」とおもってたし

「なんとかして、この犬に愛着がわかないようにしなければ、名前なんて付けたら絶対ダメだ」とかおもってた。

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でも、「犬」はきついな。

当時の私との距離を、ものすごくかんじる。

ありえない、とおもう。

だからか、2012年の自分が書いたものを読んでいるうち、

のらちゃんが愛しくなって、泣いた。

(私は最近、よく泣いているな)

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いまでは私は、のらちゃんといっしょに寝ているし

白い毛に顔をうずめて、眠ることもある。

(2012年10月頃は、玄関の土間に新聞紙を敷いた寝床、首輪して綱をつけて、絶対家に上がらせないようにしていたのだ!ひどい!

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のらちゃんのにおいを深く吸い込む。

クッキーの匂いがしたり、昆布の匂いがしたり、

二郎系ラーメン「富士丸」の匂いがしたり、

のらちゃんはいろいろな匂いがする。

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以前、後学のためにと、ケータイ小説『恋空』を読んだことがあって、

そのなかに「彼氏とひとつになる」みたいな性表現があって、

その凡庸さというか、圧倒的な貧困さというか、

とにかく、未だに思いだせるんだから、印象的だったし、

もしかしたら、これはすごいのかも、とかおもっていて、

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犬であるのらちゃんの白い毛に、顔をうずめたり、

のらちゃんに汚いとか臭いとかは存在しなくなっていて、

そんなとき、私はもしかしたらのらちゃんの一部であり、「私はのらちゃんとひとつになっている」のかもしれない、と直感する。

もはや、「ひとつになる」としか言いようがない、気すらする。

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離れていた私に「出逢う」と、のらちゃんはしっぽを振る。

それは習性でもなく、習慣でもない。

そこには常に意志がある、と私はおもう。

(NB)

グリマーズ連の「匂いのする」ライブ

3月5日(水)

新代田FEVER 「おぢまん企画」

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