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2014年3月11日 (火)

帰還兵 小野田寛郎さんのかっこよさについてかんがえる

フィリピン・ルバング島で、

まだ戦争(自分の任務)はつづいていると信じ、

森に潜伏している小野田寛郎さん

を助けようと、

「小野田さん!出てきて下さい!第二次世界大戦は終わりましたよ!」と若者が森に向かって叫んでいると、

「あんた、大東亜戦争って言わなきゃ、小野田さんには何のことだか、分からないよ」

と年配の方に諭された、という話が新聞に載っていて、

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「あ、かっこいい、」とおもった。

第二次世界大戦ではなく、大東亜戦争と言わなければ伝わらない、という

小野田さんのディスコミュニケーション具合が、私には、妙にかっこいい、と感じられる。

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軍人はかっこいい、とかいう話ではない。

そうではなくて、「そんな言葉は知らない」ということが、なんか、かっこよい。

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どこかで止まってしまっている、ということが、

なぜ、「かわいそう」とか、マイナスのイメージではなく、

むしろプラス、かっこよさとして受け取れるのだろう。

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新宿で。座っていたら、

私の前を通り過ぎた、おしゃれな服着た男4人組が、

「うそ!マジで?おまえ、サムラゴウチ知らねえの?」と騒いでいて、

「ありえねえだろ!」とか「どうやったら知らないでいられるんだよ」とか言って、

「佐村河内守を知らない男」を笑って責め立てている。

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たとえば、ずっと海外転勤をしている友人なんかは、「佐村河内守を知らない」かもしれないが、

いま、日本に暮らしていて、「佐村河内守を知らない」のは、少なくとも「かっこいい」ことではないとおもう。

だって、超おもしろいもの、佐村河内守。芸能として、なんか、深い話だし。

まあ、少しは知っててほしいよね、とおもう。

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つまり。

知らなければいい、という話ではない。

知らない、遅れている、ということを

かっこいい、にできるのは

何が必要なのでしょうか、小野田さん。

人生を賭して任務を遂行しつづけること??

(NB)

グリマーズ連の「任務を遂行し続ける」ライブ

未定!

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