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2014年4月14日 (月)

グリマーズ連NBのライブをふりかえる

最近、いろんなライブを観た。

それで、いろんなバンド(ひと)の悪口をいっぱい言った。

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「やりたいことが伝わってこないな、」

「誰かのマネだ、と気付いた時点で白ける、そこでもうダメ、」

そういうライブを観たあとの私は「邪悪なたましい」そのもので、

なかばトランス状態で、バンド(ひと)の悪口を言って言って言いまくる。

「けっこう的を得てる、」とおもっているから、いい気なものである。

ひととして、最低である。

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「で、おまえはどうなんだよ?」

悪口をいいながら、私はいつも内心びくびくしている。

誰かに言った悪口は、必ず自分に返ってくる。

7日にあった自分のソロライブ音源を聴いてみた。

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いいライブじゃないか!

曲がいいし、歌詞もよく届いている、

ハーモニカもなかなかよろしい。いい感じだ。

詩の朗読でさえ、普通に良くて、おどろいた。

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「このひとはなにがやりたいか」、ちゃんと伝わってくるし

誰かのマネだと白けるような瞬間もなかった。

私のは、マネではなく、

リスペクトであり、オマージュである。

自分のものにしているか、が大事であり、

私にはそれができている。

合格、だ!

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じゃあ。私のソロライブを音源にして即、流通できるか?

ニール・ヤングの弾き語りライブ音源のように、40年経っても繰り返し聴けるか?

と自問すると、急に私には勢いがなくなる。

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そのへんが、私のまだ甘いところだ。

ニール・ヤングはニール・ヤング。私は私。

そう言い切ることが出来るようになりたい。

せっかく日本語でうたをうたっているんだから、

ニールヤングが行けないところに行ける可能性をもっているはずなのだ。

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ほんとかよ。

本気です。

(NB)

グリマーズ連の「ニールヤングが行けないところ」のライブ

未定。

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