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2014年10月

2014年10月31日 (金)

秋元康の「僕」についてかんがえる

ミュージックステーションで、

NMB48が新曲『らしくない』をうたっていて、

秋元康の歌詞では、いつものように、

女の子に思いを抱く「僕」が主人公で、

それを女の子たちが、うたう。

http://www.youtube.com/watch?v=eiBfJSyHevI

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秋元康のイメージしている「僕」って、

どういう男子なんだろう。とかんがえていた。

高校野球を観に行くと、

スタンドでうろうろしている野球部員たち(ベンチ入りもできなかった、やり場のない男子たち)が、まさに

秋元康の歌詞の中の、うぶな「僕」なのかもしれない。

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そうなのだろうか。

もうちょっと年齢があって、大学1~2年生くらいのような気もする。

そうなると、そういえば、

私のつくった『さいたまスーパーアリーナ冬のブルース』や『千葉ロッテマリーンズ浦和球場のブルース』は、

「僕」という主人公を

私がひとりで、ぽつぽつ歌うのではなくて、

AKBの女の子たちが、切なげに歌ってこそ、

いまどき、しっくりくるのかもしれないな、と

ミュージックステーションで

NMB48『らしくない』を聴きながら、かんがえていた。

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(のぶ)

2014年10月29日 (水)

こんど、ハーフマラソンに出場してみます

夜は寒くなってきたし、風も吹いてるし。

おととい、ちょっと無茶した疲れがまだ残ってるし、

と、なんやかんや自分に言い訳して、走りに行くのをやめようか、どうしよう。

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「とりあえず、走ってこい」

これが私の座右の銘?かも知れず、

やっぱり走りに行くことにしました。

ちなみに、男子マラソン川内優輝選手の座右の銘は、

「現状打破」。らしいです。

ほんと川内くんは、おもしろい。

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走って、2分くらいで、

「ああ、やっぱり走りに出てよかった」とおもいました。

ランニング格好で外に出た瞬間、「うわっ、さむっ」とおもったけど、

ちょっと走れば、すぐ気持ちよくなる。

外に出る前は、「今日はきっかり15分間走るだけ。15分後には私はうちにいる」と決め込んでいましたが、

走って3分くらいで、「今日は30分走ろう。その間、5キロをちょっとペース速めで走ってみようかな」とか、

別人。全然ノリノリになってる!

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1時間みっちり走りこもう、と決めて、

ペースは、「1キロを5分00秒」に設定した。

1時間で12キロを走る。

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私は、地道に積み重ねる、ということが苦手で、

元気なうちに、1キロ4分台で走りまくって、

疲れたら、それまで稼いだ時間を使ってゆっくり走る、というやりかたをするところがあり、

ついつい「1キロ5分00秒」のペースを乱そうとしてしまう。

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で、後半、おもったより疲れてしまい、

稼いだ時間を使いきり、「1キロ5分00秒」で走れる余力も残っておらず、どんどんペースは落ちていって、

1キロ6分くらいの、グダグダな走りになってしまう。

最後は泥。

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そういう自分の性格をよ~く分かっているから、

「1キロ5分00秒」のペースをかたくなに守りつづけました。

もっと速く走れる自分を、ぐっとこらえて設定したペースを守るのは、なかなか窮屈なものです。

も。のちのち、それが余力となって、自分をたすけることになる。

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私は地味にペースを守り続けることを学ぶべきだ。

未来の私をたすけましょう。

ん? 何の話?

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(のぶ)

2014年10月28日 (火)

10億円あったらどうするか、かんがえる

友人が、

totoBIGで10億円当てたら、すぐに仕事なんか辞めて、遊んで暮らしたいと言う。

ドバイの極上のスウィートなホテルで豪遊、とかして暮らしたい、と言う。

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それに対して、私は

急にお金持ちになったって、なかなかお金持ちにふさわしい遊び方って、できないものでしょう。

仕事を辞めて、遊んでいるだけの暮らしって、それはそれで意外とキツいのではないか。

と言いながら、実は、

「おれ、くだらねえこと言ってるな」と自分の普通さにげんなりしながら、会話を続けていた。

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帰りの終電車で、そのことをかんがえていた。

私が10億円手にしていたら、

音楽でかぶこう、なんていう野心も必要ないし、音楽を作る必要がない。

かもしれない。

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ドバイの超リゾートじゃないけれど、私だって、実は、遊びたいリストはけっこうあって、たとえば、

女子バレーボールの世界選手権がイタリアであれば、会場で全戦観たいし、そしたら、

イタリアでいい服を買って、いいホテルに泊まって、おいしいものばかりを食べていたい。

(金があるからって、いきなりイタリアで、「いい服」を売ってる店に入るガッツ・品格はある?って話ではあるが。)

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錦織くんの全米オープン、観戦しにNYへ行っていたはずだ。

wowowが映らなくて、ラオニッチとの激闘を生で観れなかったことは私にとって痛恨の極みである。

wowowに加入するより、お金持ちは、現地、NYに行くのだ。

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4年に一度のオリンピックはまさに現地で「大忙し」になるだろう。

オリンピックは夏季、冬季と2年ごとにやってくる。

2年に一度の世界陸上。織田裕二同様、現地でアツくなっていたい。

また、自分で海外のマラソンに出場するという体験型。もある。

スポーツ好きには、いろんな豪遊バージョンが存在するから、けっこう遊んで暮らせる自信はある。

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もしかしたら、

村上春樹はこういうライフをまさに実現しているのかもしれない。しかし、

10億円当たった私と、作家・村上春樹とのちがいは、

スポーツ観戦しました。遊びました。 で?

というところにでてくる。

スポーツ観戦、スポーツ観戦、つまりインプット、インプット、入力入力とつづけて、

村上春樹は本を書くけれど、

私はそれでどうすんの?って話である。

(ちなみに。世界を旅し、日本全国の酒蔵めぐり。元サッカー選手、中田英寿さんはそこんところ、どうなってるんでしょうね)

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おもしろいことを受け取り、入力、インプットしたら、

アウトプット、表現しなくていいのか?

これは私にとって、強迫観念である。

なぜ、私の感じたことを外に出す、表現する、必要があるのか。

しかも、表現すること、のおそろしさを知っているはずなのに。

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かんがえる。

なにかを受け取り、もうなにも表現しなくなったら

Jリーグ観に行って歌ってる、ただのサポーターになれる。

花火大会に行って浴衣を着てる、ふつうのひとになれる。

10月の六本木でモンスターの仮装して酒飲んで騒いでる、ふつうのひとになれる。

それも、ひとつのしあわせだ。

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でも、なにかを表現したくなっちゃったら、どうするのか。

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この曲を、

東北にいるあいだ、そして東北から帰る道中、

私は延々、リピート再生して聴いていた。

マーヴィンゲイ&タミーテレル『恋はまぼろし』

http://www.youtube.com/watch?v=Jz_D-greh8Q

なんて、すばらしい曲なんだろう。

今回の東北旅だけでも、たぶん500回以上は聴いたが、いまだ聴くたびに発見がある。全然、聴き飽きない。

なんて、すばらしい曲なんだろう。私はこの曲が好きで好きでたまらない。

いろんな楽器が重なり合って、この一曲が成り立っていることが、私にはものすごい魅力に感じられる。

特に、モータウン名物「ストリングスの旋律」がうつくしすぎる。

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私のすべき表現・アウトプットとは、

音楽をつくること、なのか?

そこも、そろそろ問題にするべきかもしれないけど…。

ただ。この曲のストリングスの旋律、いろんな楽器が混ざり合った音の塊、

私がそこにものすごい魅力を感じていることは、やっぱり無視できない。

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と、こういうことに夢中になってると、

10億円は、いまのところ私には必要がない。

私には、やるべきことがあるような気がする。

ほんとかよ。

人生にはたのしいことがあるぞ。

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ほんとかよ。

「よし!できた!」と、

つくってきた曲が完成したときの達成感。大きな充実感。

京都に住む方が「酔っ払った帰りに鴨川沿いを歩きながら、グリマーズの曲を聴くのが好きだ、」と言ってくれた、

だれかが私の曲を私の知らないところで聴いていてくれる、ということを知ったときの、ふわふわっとした高揚感。

こういうことをどんどん目指していく音楽のすばらしさ、ってある。マジで。

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タワレコの試聴機で

久しぶりにポール・マッカートニー『NEW』を聴いた。

http://www.youtube.com/watch?v=kfjndKl7lEg

感動して、ちょっと泣いたよ。ぐわっときた。

音楽って、すげえなあ、とおもった。

これからは、曲を作るなら、3分以内です。

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(のぶ)

2014年10月27日 (月)

六本木・渋谷でのハロウィン騒ぎについてかんがえる

テレビで、10月最後の週末。

六本木・渋谷で行われていたハロウィン騒ぎのことがやっていて、

それを観て、「おれとは関係ねえな~」とおもう。

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六本木。

大手企業につとめる(←ぱっと見、そう感じただけ)女子、なかよし5人組みたいのが、

「今夜はちょっとハメ外してみました~!」的に

おそろいの制服コスプレ衣装を着て、カメラに向かって、しなをつくる。

ハロウィン!

なんかイラッとくる。

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でもちょうど、私は最近、

六本木や渋谷のクラブに行きたいなあ、とおもっていたところで、

ただ、クラブはいま、どこもかしこもハロウィン騒ぎである。

というわけで、私にも関係のあることなのであった。

なんかイラッとくる、とか言ってる場合じゃない。

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まあ。

私だって、制服着てライブをやっているから、ひとのことは言えない。

制服を着ると、確実に気分がアガるのは、私もよく知ってる。

彼女たち、どこか(楽屋)で着替えているときから、きっとたのしかったことでしょう。

変身するお互いをみて、ゲラゲラ笑って。

鏡の前、そろいの制服5人並んだときのパワーを感じて、「おぉ~!」とか言って。

ん?イラッとしなくなってきた。

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ただ。

日本のハロウィン、もうちょっと気の利いた仮装がみたかった。

(まあ、ほんとうにおもしろいものはテレビに映らない、映せない?のかもしれない)

東急ハンズで売ってるようなコスプレ衣装なんかじゃなく、もっとびっくりするものを観たかった。

ただ。あまりに創造的、アートな方向へ行っちゃうと、才気走った芸大生っぽくなっちゃって、街ではどうもうっとおしい。そういうことは大学構内とかギャラリーでやっててほしい。

ハロウィンの仮装で気の利いたものを、とは、ほどよいバランス感覚が求められるから、

ふつうのひとでは、なかなかむずかしいもんだいかもしれない。

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ただ。

制服の彼女たちは、おもしろい仮装の必要なんかなくって、

おまつりに参加すること、が大事なのだから、

彼女たちの目的は、私のかんがえとは、かみ合わない。

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ひとそれぞれのハロウィンがあることを忘れてはいけない。

おもしろセンスを表現したい

芸術性をアピールしたい

おまつりに参加したい、などなど

それぞれの理由で仮装していることをわかってあげて、

それぞれの理由に対して対応していくべきなのかもしれない。

ふつうのひとは「おまつりに参加したい」だけ。花火大会に浴衣着ていくようなものである。

つまり、うっとおしいけれど、そういうの私はきらいじゃない。

やさしく見守ってあげるべきです。イラッとしちゃいけない。

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ただし。

「おまつり」に乗じて(ハロウィンを利用して?)、

おのれのセンス、おのれの芸術性を、外へ外へとアピールしようとしている輩に対しては、

「おまつり」の寛容さで流さず、冷静にジャッジをしたくなった。

よいかわるいか。おもしろいかつまらないか。

表現って、だからおそろしい。

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「おまつりに参加してるだけで~す。あはは。」とか言って、

天然でいながら、なんか妙にすごい表現になってて、

表現のしがらみから超えちゃう、うまい方法はないか?

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「おれ、前から警察官になりたかったんスよ~!」

警視庁の警察官の格好、マジ完コピしてハロウィン歩いてたら、

警察に捕まるのかな。

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(のぶ)

2014年10月26日 (日)

プロ野球クライマックスシリーズについてかんがえる

クライマックスシリーズ(CS)で

巨人が阪神に負けて、日本シリーズに出ていない。

阪神甲子園球場で日本シリーズがやっていて、

「ったく、なんなの?」とおもう。

私は巨人ファンだから、ぜんぜんおもしろくない。

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阪神が巨人に、

クライマックスシリーズで負けてくれたらよかったのに。

そんなことすらおもう

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もちろん。八百長なんかじゃなくって、

なんというか、精神性のはなしである。

私が阪神の選手だったら、もちろん全力で野球をする。

しかし、シーズンをたたかってきたものとして、リーグ優勝できなかった悔いは残り続けるし、

仮に日本シリーズで勝っても、日本一というにはどうも違和感をかんじつづける。

すっきりしない。アスリートだからだ。

だから、阪神の選手になった私は

「おい、ジャイアンツ。おれは本気出すけど、結局おれたちに勝って、ちゃんと日本シリーズに勝ちあがってくれよ。たのむぜジャイアンツ」と、おもってCSをたたかっても、よい。

ほんとかよ。そんなバカな。都合が良すぎる。私は巨人ファンなのだ。

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わるいのは、

ちゃんと勝たなかったジャイアンツである。

負けた後、ガタガタ言ってる、熱烈な巨人ファンの私である。

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クライマックスシリーズの仕組みも、

7ゲーム差でセ・リーグ2位の阪神も、

日本シリーズに沸く甲子園球場も、

なにもわるくない。

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クライマックスシリーズがなくなったら、

今年の横浜ベイスターズのシーズン終盤のがんばりもなかった。

クライマックスシリーズのおかげで、9月末までたのしいプロ野球観戦が、首位だった巨人のファンを含め、できるだけ多くの人に可能になったのだ。

これはすばらしいことだ。

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優勝の可能性がないチームは、9月は消化試合でもやってろ、

こんなことをいう気にはなれない。

選手たち、チーム一丸が明確な目標に向かって必死にやっているほうが、観ていて絶対おもしろい。

私たちは、人間をどんどんやる気にさせる仕組みをつくっていくべきだ。

だから、クライマックスシリーズは必要である。

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冷静に考えるとクライマックスシリーズは必要だとおもう。

感情的になると、クライマックスシリーズは要らないとおもう。

だから、きっとクライマックスシリーズは必要なのだ。

「真の~」とかにこだわり、感情的にものごとを決めていこうとすると、ろくなことはない。

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私たちは、いかに私たちがスポーツ観戦でたのしめるか、ということを目指すべきであって、

ただひいきのチームの勝利ばかりをかんがえるべきではない。

私たちは、人間をどんどんやる気にさせる仕組みをつくっていくべきだ。

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ちなみに。仕組みをつくる、といっても、私は、

バレーボールのラリーポイント制や高校野球のタイブレーク制には反対です。

Jリーグの2シーズン制についても反対です。が、これはちょっと様子をみたいとも思いました。

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(のぶ)

2014年10月19日 (日)

グリマーズ連のぶの泥ラジオ。さすがはシガーロス?

次に借りたい人が待っているので、早く返してほしい。

と、図書館から催促があって、

大滝詠一『ナイアガラトライアングルvol.2』を返しに行きました。

てか、私以外に、いまどき、このアルバムを聴きたくて仕方がない、というひとが、

この町のどこかにいることに驚く。

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で。「なんか借りて帰ろう、」とCDコーナーをみると、

アイスランド出身、先鋭的、ボーダーレスな音楽性で世界的に評価の高いバンドであり、

ライブ会場では、そのうつくしさに感動して、観客みんな全員泣いている、なんて言われる

「シガーロス」の一番あたらしいアルバムがある。

「たまには、こういうのも聴いておくか」と借りてきました。

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で。うちに帰り、さっそく聴いてみる。

エフェクトがかったヴォーカルから、アルバムがはじまる。

何語だか、わからない。ふしぎな出だしだ。

「ふむふむ、さすがはシガーロス。」と感心していると、

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「ん?日本語?に聴こえるぞ、」

「おぉ、さすがはシガーロス。いまどき、日本語で歌うなんてイケてるね」

と、ますます感心していると、

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「なんか。徳永英明の声に似てるなあ」

「え?シガーロスが徳永英明をサンプリング?」

さすがに、私もわけがわからなくなって、

いったんプレイヤーからCDを取り出して、ラベルをちゃんと確かめると、

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「HIDEAKI TOKUNAGA STAMEMENT」と印字してある。

てか、徳永英明じゃん!

図書館の職員さんが、

何をどうまちがえたのか、徳永英明の最新作CDをケースに入れたのです。

私は1分半くらい、まじ、シガーロスの新作だとおもって聴いたよ。

あの1分半はなんなんだったんだ? ゆめみたいだ。

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ちなみに、シガーロスとはこういう音楽です。

5分あたりからドカーン!ときます。

http://www.youtube.com/watch?v=Gf1h2PMPCAo

さすがはシガーロス。うつくしすぎて、ゆめみたいだ。

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(のぶ)

2014年10月17日 (金)

『沓掛時次郎 遊侠一匹』を観る

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こたつのらちゃん。東北

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なんか、最近、

「映画でも観たいなあ、」と漠然とおもっていて、

新宿のシネコン、ポスターの列をぼんやり眺めてみる。

ただ。いい映画しか観たくない。

「いまの私を満足させてくれる映画なんて、まずないだろうな、」と諦めきっている。

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たまたま、テレビを観ていたら、

遊郭で、渥美清が、

肩に彫った竜の刺青を、枕を並べた遊女に、「どうでえ、すげえだろ」とオラオラみせていたら、

「そんなチャチな竜がなんだい」と、遊女の背中にはどでかい竜の刺青が彫ってあり、

それをみた渥美清が「はは~」と言って、土下座をする。

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「やっぱり刺青には、大きさとか、それを彫った彫師の格付けとかで、上下関係ができていくものなんだな、」と、

刺青の世界になんとなく感心していたら、

その映画は、私の好きな萬屋綿之助が主人公で、そのままぼんやり観ていると、

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萬屋綿之助が、博打の席で、インチキを見抜く。

賭場を仕切っているお嬢さんが、いきり立つやくざ衆を制し、

着物を脱ぎ、白い肌をみせて、遊女がうわさしていた極上の刺青を見せ、

「この背中の観音様の刺青に免じて、この場を収めておくんなまし」みたいなことを言う。

刺青には、そういうパワーがあるのだ。

でも、綿之助は、

「いや。もういいや、あっしは帰りやす。」みたいなこと言って、随分とあっけなく帰ってしまう。

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なにこれ?

なにがなんだか、わからない。

刺青の上下関係、その力学の話は何処へ行ったのだろう?

最高級の観音様の刺青を見せた、裸のお嬢さんが、

綿之助が立ち去った後、

恥ずかしいというか、なさけないというか、なんともいえないたたずまいで、

脱いだ着物をぽつりぽつり羽織っていく。

そこまで、きちんと写しているのが、たまらない。

「これは、おもしろい映画だぞ」とおもいはじめる。

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『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966 監督 加藤泰)である。

いわずと知れた日本映画の名作である。

私は映画ばっかり観ていた学生のときに、

これを加藤泰映画祭か、ツタヤで借りて観たような気がするが、まるで初めて観たような気がする。(寝てたのかな)

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主人公である綿之助に刀で斬られた敵やくざは、「ぐぇえぇえぇ」と、ものすごい叫びを上げる。

刀で斬られたひとは、そう簡単には死なないのだ。

そして、加藤泰名物?血しぶきが画面いっぱいにぶちまけられる。

うだそうだ、これが加藤泰だ!と、うれしくなってくる。

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私は別にグロテスクな演出を喜んでいるのではなく、

この映画には基本的に、「やくざってのはどうしようもねえ稼業である」ということがテーマとしてあるから、

やくざがやくざを斬りつけて、苦しみながら惨めに死んでいくというのは、

とても倫理的というか、説得力がある。

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綿之助が敵やくざを斬り殺すのは、かっこいいことじゃなく、

人間として、ますますどうしようもない泥沼にはまっていくことで、

それは、むなしい。

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この映画は、もう、なにがなんだか、わからない。

かっこいいこと、感動的なことなどに目もくれず、

なさけないこと、むなしいこと、どうしようもないこと、泥の道、を

一生懸命、描き出そうとしていて、

だからこそ、綿之助の道連れ、渥美清は、冒頭で実にあっけなく死ぬ。

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「ああ、これが映画だよな、」とおもった。

私はこういう体験をしたいのだった。

わかりやすい物語や演出に、ただ身を任せるのではなく、

「もう、なにがなんだか、わからない」ことにわくわくしたい。

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(のぶ)

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2014年10月16日 (木)

川原亜矢子さんをテレビで観る

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のらちゃん 東北。

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NHKの『地球イチバン』という番組で、

川原亜矢子さんを久しぶりにテレビで観たので、観ました。

私は、むかしっから、川原亜矢子さんがすきなのです。

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あいかわらず、おきれいで、

なにより、川原亜矢子さんは声がいい。

あんなふわっとした声のひとと、でんわで話せたら、しあわせだろうな、とおもいます。

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なんか、最近の川原亜矢子さんを知りたくなって、ホームページにいってみたら、

http://ayakokawahara.com/

プロフィールで「愛犬家」となっていて、わらった。

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川原さんの愛犬っぷりは、

「ソレイユ」「トーモイ」と川原さん歴代の飼い犬のなまえを覚えている川原マニアな?私も、もちろん承知していましたが、

肩書きで「モデル」「女優」「愛犬家」となると、

もはや、犬を愛することは職業にもなるのか!

「家」って!

かたわらで、くうくう寝ている、のらちゃんをみつめる。

私の、のらちゃん好きは職業にならないかしら。

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今回の『地球イチバン』は、

前シリーズからしたら、「世界で一番~」のネタ切れ感をかんじる、とてもしょぼい内容でしたが、

川原亜矢子という女性の魅力を堪能する、というだけで、十分、見ごたえのある番組になっていました。

なんか、「世界で一番」とか、もうどうでもよくって、

番組の目的とかコンセプト、あり方そのものを変えてしまう。

それって、すごいことだよね。

川原亜矢子はすごい!

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(のぶ)

2014年10月12日 (日)

のらちゃん東北へ行ぐ(2) 東北とはなにか

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のらちゃん。

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東北は、

野菜がうまい。蕎麦がうまい。コーヒーがうまい。ラーメンもうまい。

水がうまい。みんなうまい。

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東北は、

焼肉屋は、口の中でとろける上カルビみたいなのが、ふつうの値段(800円)で出てくる。

スーパーマーケットでも、ふつうの値段で、あきらかに肉の質が良い。

つまり、東北の人は、ふだんから、うまいもんばっかり食べてる。絶対。

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東北は、

どこもかしこも温泉だ。

温泉ばっかり入っているから、さっぱりする。

ジョギングする。温泉に入る。さっぱりする。最高だ。

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東北は、

ガソリンが高い。

私の町と比べて、20円も高い。

むしろ、東北のほうがクルマ社会なのだから、もっと安くしてあげればいいのに、とおもった。

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東北は、

運転のマナーがあまりよろしくない。

国道で車列の中に入れてもらおうとしても、なんか不自然に、ぎっちり詰めて、なかなか入れてくれない。

一車線の山道を走っていると、背後にびったりとつけて、オラオラあおってくる。

あの意地悪さは、なんなんだろう?

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東北は、

圧倒的に、なにもない。

同じ一日が流れているのに、東京とはぜんぜん違う一日が流れる。

「こんなところにいて、いいのだろうか、」と若い人ならおもうだろう。

極端な話。東北の一日とは、

山から日が昇って、山に沈む。それだけ。

若くて、東北にいたら、

時間が経つのが、こわくてこわくて、しかたないのではないのだろうか。

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街道沿いのひなびた商店で、宅急便を出そうとしていると、

お酢を大量に買い込むおじいさん(80代後半?)がいて、なにに使うのかと訊くと

「山から山葡萄を採ってきたので、それを酢漬けにして、くすりにするのだ、」と言う。

そのくすりは、そのむかし政府から製造を禁止された歴史をもつ、くすりらしいが、

「政府のいうゴド、きかねデヨ、」

そのくすりを常用していたおじいさんのご両親は百歳を超えて元気だった、らしい。

(きつい方言で正確には聞き取れなかったが、たぶん、そういうことを言っていたとおもう。)

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「だごで、喰ってみろ、」というので、

会計もまだなのに、商店のおばさんもひきつれて、店を出て、おじいさんの乗ってきた軽トラに行く。

軽トラの荷台に積まれた山葡萄の枝から、紫色の実をつまんで食べると、

ほんのりと甘くて、「あ、おいしい」と言うも、

だんだんと口の中が、かあっっとしてきて、グングンと精がつく感じがしたから、

「おぉぉ。」とか言ってると、おじいさんはたのしそうに笑う。

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東北は、

のらちゃんの足取りは軽やかで、気ままに好きなところに歩いていくから、

のらちゃんが、なんか、たのしそうで、いい。

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(のぶ)

2014年10月11日 (土)

のらちゃん東北へ行ぐ(1) うわさのあいつ

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のらちゃん。

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東北道のサービスエリアで休憩。

私はのらちゃんを置いてトイレに向かうとき、

すれちがった女子大生の集団が、

「あそこに超かわいいマルチーズがいるよ」と友達同士で騒いでいる。

私はなんにも知らないふりして、そばで聞いていると

それはまさにのらちゃんのことだから、

私は、のらちゃんがうわさされてる現場を、聞いた!

「うわさされてる」って、ほんとすごい!

バンドだったら、事務所に入って、メジャーからレコード出せるよ!マジで。

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(のぶ)

2014年10月 3日 (金)

男子マラソン川内優輝選手 追いつくはおもしろい

アジア大会。男子マラソン。

川内優輝選手って、ほんと、おもしろい。 

こうしてレースを2時間、じっくり観てみると、

川内選手は、「走り」そのものが魅力的なのでした。

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3回?4回?

このレース中、いったい何回あったのか、

川内選手が先頭集団から「じり、じり」と遅れていく場面があって、

ああなると、ふつう、追いつかない。

はじめからレースを観ていた私たちは、そのたびに、

先頭集団から脱落していく選手とはこういうもんだ、となんとなく知っているから、

「あぁ、川内くん、もうダメだな」とおもう。

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それでも、川内選手は、また追いつく。

信じられない。ふつうは、追いつかないからだ。

「こんな距離が開いちゃ、もう絶対ダメだ、」と

テレビを観ていた誰もがおもった30キロ過ぎでの失速の場面も、

川内選手は、結局、先頭集団に追いついた。

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私が一番感動したのは、

最後も最後、ゴール地点の陸上競技場、トラックに入ったとき、

さあ勝負と、ラストスパートをかけたふたりの選手に、

川内選手は3メートルほど引き離された。

あまりにも自然な成り行きに、「あ、川内くんはもう、ダメか」とおもった、その数秒後、

また追いついた。

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「えぇ~!まだ、追いつくんか!」

私は笑った。

さすがに。その直後、すぐにまた引き離されたけど。

でも一瞬、「追いついた」ことが忘れられない。

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ふつう、もう追いつかない。

私たちは、今までどこかで観たりした経験で、

それをなんとなく深く知っているから、

あきらめる。もう、しょうがないよ、ムリだ。とおもう。

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追いつくって、おもしろい。笑える。

感動的であり、「すごいな」とおもうし、

「できるんだ、」とおもう。

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ああなると、

優勝できなかった、結局何位だった、は関係なく、

いいものみせてもらった、という気しかしない。

ああなると、

もう、マラソン競技を超え、スポーツを超えてる。

なんか、ひとりだけ、ちがう領域に入ってます。

私も、ああいうひとになりたいです。

(のぶ)

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