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2014年12月

2014年12月27日 (土)

新聞を読んで笑う

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森の中から、のらちゃん。

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「国民の生活が第一」という党名がすごい、

という話を、以前このブログでもしましたが、

生活の党の、今度のネーミングが、ヤバすぎます。

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「生活の党と山本太郎となかまたち」

こういう名前を、

ひとりのあたまのなかで、おもいつき、

「よし、それでいきましょう!」と賛同する人間がいる

そんなおとなたちが世の中にいるのだ、ということを

私はもっと信じるべきで、

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つまり、

私たちはあまりに常識・慣習にとらわれ過ぎている。

「そ、それはないでしょう。」と、ふつうはおもう。

「生活の党と山本太郎となかまたち」なんていう

(めんどくさいから、はっきりいってしまうと、)

「ふざけた名前」を、政党名として、ほんとうにつけてしまう、

センスというか、勢いというか、ノリが、

「あり、なんだ!」と私はもっと知るべきだ。

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なんで、こんな自由なネーミングが実現するのだろう。

私はうらやましい。

政治とか大人とか、そういう枠を軽く飛び越えて、

「生活の党と山本太郎となかまたち」には、

森から、小人とか動物とか妖精が、

出てきそうなワールド。

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「生活の党と山本太郎となかまたち」

ここには「詩」がある。

ほんとかよ。

いや、私はほんとうに、このネーミングの自由さにあこがれる。

もう、なんでもいいんじゃん。

そんな感じです。

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(のぶ)

2014年12月25日 (木)

クリスマスを過ごす

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のらちゃんサンタ。

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今年のクリスマスは、

最近CDを購入したフォーシーズンズの

にぎやかなクリスマスアルバムを聴いて過ごしていましたが、

やはり、ビング・クロスビーの『ホワイトクリスマス』を聴くことにしますと、

やっぱりクリスマスといえば、これだ。

https://www.youtube.com/watch?v=vI5awXEwn6E

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ほんと、すばらしい音楽、です。

このアルバムのクオリティの高さは、

時を超えているのはもちろん、

格差や貧富の差も超えていくんじゃないか、と今年の私はおもった。

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クリスマス時期に、

私のやっすいCDラジカセで、ビングクロスビー『ホワイトクリスマス』が鳴っている、

ちょうどそのとき、

山下達郎宅のたっかいステレオで、まったく同じビングクロスビー『ホワイトクリスマス』が鳴っているんじゃないか、

村上春樹宅のたっかいステレオで、まったく同じビングクロスビー『ホワイトクリスマス』が鳴っているんじゃないか。

そんな気がする。

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バブルのころ、

高いクルマをもつことが若い男にとっての重要事だとされていたころ、

安いアパートに住んでフェラーリに乗る、という笑い話があった、気がするが、

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それが身の丈に合わない、見栄にしかすぎなかったとしても、

「ほんもの」に触れていたことは、

やはりその男にとって、豊かな、最高の瞬間だったのではないか

いまはバブルじゃないけど、

安アパートでもフェラーリ、の精神と、その実践は、いまも大事だとおもう。

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(のぶ)

2014年12月21日 (日)

のらちゃん、青の洞窟に行く

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のらちゃん。

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東京は中目黒、目黒川でやっている、

青の洞窟イルミネーションに行ってきました。

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「どうせ、青いだけだろ、」とおもっていましたが、

想像以上でした。

もちろん、「青いだけ」ですが。

「青いだけ」も、あるポイントを超えると、異様というか、圧倒的になり、

「あああ、青いな~!」、と気分がアガってきます。

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何処かでこどもが「目がちかちかする~」といって通り過ぎましたが、

たしかに青すぎて、視覚がなんかヘンな感じです。

だからか、気分全体的に、ぽわぽわぽわ~んとしてきて、気持ちがふわふわしてきます。

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さすがはおしゃれタウン中目黒。

出店で売っているのは、どこもかしこもホットワインだったりして、いちいちおしゃれです。

だからか、おとなや高齢者、こどもはみかけても、

中学生の姿が見当たらないなあ、とおもった。

中学生は、こういうところには来ないものなのでしょうか。

中学生は何処へ行った?

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(のぶ)

2014年12月20日 (土)

のらちゃん、丸の内へ行く

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のらちゃんと

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丸の内。仲通りのイルミネーションに行ってきました。

丸の内、おもってたより良かったです。想像以上でした。

シャンパンゴールドという色の電球は、たしかに、きれいです。

球の大きさに違いがあるのも、いいものですね。

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1キロにおよぶイルミネーション並木。

「おお。まだ、つづくの?」

って、尾瀬ヶ原みたい。

エンターテインメントは、なにごとも「やりすぎ」が大事です。

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河川敷で泥だらけで生きていた、のらちゃんが

東京都心、ぴっかぴかの丸ノ内にいることが、

ただただ、愉快で、おもしろい。

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(のぶ)

2014年12月19日 (金)

マラソン大会に出場する

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マラソン大会。

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「群馬サファリ富岡マラソン」という大会に出ました。

名前がいい。

参加賞で、記念タオル(今治産!)

地元特産の下仁田ネギとしいたけとしらたき、

そして群馬サファリパークのチケットをもらいました。

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ハーフマラソン21キロ。

世界遺産になった富岡製糸場のまちを走る、すてきなコースです。

素晴らしい大会でしたが、

私は、ただただ、つらく、みじめ、でした。

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スタートして、第2~3集団あたりを調子よく走っていたら、

1キロを3分55秒。

1キロを4分30~50秒で走ろう、とかんがえていた私にしては

ちょっと速すぎます。調子に乗りすぎた。

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疲れは、すぐに、一気にやってきた。

私のペースはぐんぐん落ちていって、バカだ。

2キロを過ぎたあたりで、「マジか。あと20キロ走るのか…。」とクタクタ。

つらく、みじめ、でした。

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どんどん追い抜かれていきます。

はじめは、ふつうの若者に抜かれ、

次第に、私よりずっと年上のランナーに抜かれるようになり、

そのうち、女子ランナーにも抜かれ、

気ぐるみを着てふざけて走るランナーにすら、抜かれます。

おしゃれ女子に抜かれ始めたときには、さすがに、

「なにくそ!」とまずは離されないようにしましたが、

だめです。全然力が入りません。

おしゃれ女子ランナーにも引き離されていく。

ただただ、つらく、みじめでした。

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コース中盤は、牛舎のそばを通り過ぎたり、のどかな山あいのコース。

空は晴れていい日和。けど、この冬一番の寒さの日。

上州の冷たい風が吹く、山間のコースは寒い。

「皇居ランナーじゃないんだから、かっこつけてレイヤード着こなしなんかしない。これはレースなんだからな」と

あくまで半そで、短パンのこだわり。が大バカだった。

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ペースの上がらない私は走っていても、寒い。肌は冷たい。

むくて、身体がおもうように動かないので、

うまく走れない。

「うまく走れない」って、どういうことだ?。初めて、そんなことおもった。

もうフォームとか全然バラバラで、走りはグダグダで、息は荒く、とにかく寒い。

ただただ、つらく、みじめでした。

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16キロあたり、残り5キロというところで、ついに。

「もう走れない。」と、気持ちが、ぽっきり折れた。

一度走るのをやめました。そして歩きました。

まさか、屈辱の「歩き」になるとは。

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コースはちょうど富岡の市街地になっており、

沿道にひとが「がんばれ!」というかけごえは、

ふつう、ランナーが、さあっと走り去るから成立するのであって、

立ち止まった、ゆっくり歩く私は、いつまでも通り過ぎないか

沿道の人も「がんばれ!」って、なんか言いにくそう。

ただただ、つらく、みじめでした。

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結局。初マラソン(ハーフ)を、1時間57分というタイムでゴール。

つらく、みじめ、でしかなかったから、

「やれやれ。やっと終わったか、」としかおもえない。

くやしいとか、たのしかった~とか、完走した~とか、

達成感やさわやかのかけらもなく、

「私は、なんだったんだ?」。

なんか抜け殻で、ゴール後のスポーツドリンク配給をごくごく飲み続ける。

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富岡のまちで美味しい新そばを食べ、

富岡製糸場を見学し、けっこう富岡を満喫して帰る。

でも。

「もう、マラソン大会には、出ないな」

帰りの上信電鉄で、夕陽を見ながら、そうおもう。

群馬サファリ富岡マラソン大会は、実にいい大会でした。何も悪くない。

悪いのは、ペース配分を完璧に間違えた私である

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マラソン大会。

一番、を本気で狙えるでもなく、

気ぐるみ(覆面)を被って、道化になるでもなく、

1キロ4分30~50秒くらいのペースを、21キロか42キロ、ずっと守り続け、ゴールする。

つらくもない、みじめでもない。ふつうのひと。

そんなことをするために?

人生とはなにか。

私はどうすればいいのでしょうか?

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(のぶ)

2014年12月18日 (木)

クラブで夜遊びをする

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クラブの入り口はこわい。

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クリント・イーストウッドの新作映画をレイトショーで観ていたら、

気分がうきうきして、たのしくなっていると、

終電がなくなってしまっているから、

クラブで夜遊びしました。

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私は10月ころ、スティーヴ・アオキに夢中で、アオキばっかり聴いていたのだけれど、

いま、アオキは旬すぎて、ベタ過ぎて、DJ的は避けたいところなんでしょうが、

やはり、スティーヴアオキの曲は、ポップでキャッチーで、そのへんのEDMの曲とは格が違う。

やはり、クラブのなか、大音量でアオキが流れると、アガる。

私はシャイな男だが、踊るときは、ガッツリ踊ります。

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ただし、アオキの曲が終わり、

それでも、私は一応踊っているのだが、

まだ延々と4つ打ちのリズムが続くEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)は、正直退屈になってきて、

私はすぐに踊る気をなくしてしまう。

こんなとき、ジェームス・ブラウンの、ねばっこいファンクがかかったら、最高なのにな、とおもう。

JBで踊りたい。

ぜいたくは言わないから、せめて、セオフィラス・ロンドンの新作でクラブで踊れたらいいなあ。あれはかっこよい。

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というわけで、

アオキの曲で踊る以外は、椅子に座ってDJのプレイを聴いていました。

そんなときに限って、白人のおんなが私のほうに近づいてきて、

「アナタ、ノリ、ワルイネ。踊ロウ、踊ロウ」

みたいなことを言ったか。なにかを私にしゃべっている。

私に手を差し伸べて、妙にからんでくる。

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私はシャイなので、こういうときは、はにかむ。

ちょうどそのとき、ニルヴァーナの『スメルズ~』をつかったサンプリングというDJプレイがフロアを沸かせていて、

私もニルヴァーナが、このあとどのようにEDMアレンジを施されるのか、興味があり、音楽に集中したいのだ

からんでくる白人のおんながうっとおしい。

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カート・コバーンが

♪ヘロウ、ハウロウ、へロウ。ハウ、ロウ♪と歌うのに合わせて、

白人のおんなが、私の目を見ながら、歌っている。

白人のおんなは、私に手を差し伸べながら、

「知ってるでしょ。ほら、いっしょに歌おうよ、」そんなようなことを言っている。

カート・コバーンの、(たぶん)たましいの叫びが、

「あぁ、なんか安くなってる」

と私はおもいながら、白人のおんなといっしょに

うたうのだ。

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クリント・イーストウッドの新作映画は、

60年代アメリカのバンド「フォーシーズンズ」の歴史を追ったものです。

数年前に「これぞ映画!」といいたくなる『グラントリノ』という映画を撮った監督イーストウッドからしたら、

新作の『ジャージーボーイズ』は、映画というより、良質のテレビドラマみたいな感じでしたが、

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それにしたって、フォーシーズンズは最高!

映画の中、大ヒット曲『シェリー』がどのようにしてうまれたかというシーン、

メンバー4人で、ちっちゃい電話口に向かって、

電話の先のプロデューサーに向かって、新曲『シェリー』を歌うところは、感動的で、鳥肌が立ちました。

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フォーシーズンズの演奏。

https://www.youtube.com/watch?v=myIG9PEwXZw

フランキー(本物)、うた、うまっ。びっくりするね。

映画を観た後だと、バンド連中(本物)の、やっぱりどこかクセのある感じが、グッとくる。

郊外の、近所で組んだバンド…。

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(のぶ)

2014年12月 4日 (木)

皇居のなか、乾通り 秋の一般公開に行く

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皇居の内から石垣を眺める。

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皇居の中、乾通り、秋の一般公開があるというので、

皇室ファン(皇太子一家が好き)の私は行ってきました。

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率直に言うと、期待していたほど

皇居の中に入っている、というよろこび、たのしさは、あまり感じませんでした。

「んん。なんだ、こんなもんか、」とおもった。

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うちに帰ってからテレビで、「きょうは5万人が訪れました。」と乾通り一般公開のニュースがやっていて、

高齢者の方がインタビューで「紅葉がほんときれいで、さすが皇居です。」みたいなことを言っていて、

私は、「え?そうか?」とおもう。

紅葉なら地元の公園のほうが、いっぱいあって、色づきもよっぽどきれいだとおもうから、

私はまだまだ皇居に対する気持ちが足りない。

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ただ。

皇居に入るまでの長い列に並んでいるあいだ、

皇居前広場の歩きづらい玉砂利を延々、歩かされるのだが、

あの玉砂利がいい。

これこそが皇居だよね、とおもう。

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玉砂利を、じゃり、じゃり、と踏みしめるたびに、

なんというか、詣でる気分になりかけていて、

ものものしい警察官たちを目にするよりも、

玉砂利を踏みしめる音や歩きにくさに、ここはちょっと異質の場である、という厳粛な気分が、なんとなく、湧き上がる。

広場いちめん、玉砂利の気合い!

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なんでも、この日、

天皇皇后両陛下は、広島に行っていたらしく、つまり、皇居には不在だったみたいです。

両陛下が不在の皇居を、私たち庶民がぞろぞろと歩き回っていた、というのも、なんかヘンな感じがします。

かといって、両陛下がいらっしゃるときに、私たち庶民がぞろぞろと皇居を歩き回っているというのも、なんかヘンな感じがします。

じゃあ、どうすればよかったのか。

やっぱり皇居は、私たち庶民は入れないくらいが、ちょうど良い、とおもいました。

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(のぶ)

2014年12月 3日 (水)

新しい国立競技場について、かんがえる

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表参道イルミネーション。

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ポール・マッカートニーの『NEW』という曲は、ほんとにいい曲だとおもう。

ポールマッカートニー 『NEW』 https://www.youtube.com/watch?v=kfjndKl7lEg

2013年、最新の曲でありながら、

ビートルズ時代から今まで、ポールの曲のなかでも、かなり上位に位置する曲なのではないか。

めんどくさいから詳しくは説明しないが、

ビートルズ中期の『リボルバー』あたりの似たような曲よりも良い曲だとおもうし、

後期『アビーロード』のなかに入っていても、名曲として今も聴き継がれていた、とおもう。

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ビートルズのときのポールの曲こそがやっぱり最高で、それは結局超えられないよね、というのが、世の中の正直なところだとはおもう。

てか、そんなのはポールに限った話ではなく、

一度、金字塔を打ち立てたものは、それを超えるものはもうつくりだせない。そういうことになっている。

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この『NEW』のプロデュースは、マーク・ロンソンがやっている、ということを最近になって私は知った。

このひとは、エイミー・ワインハウスの一連の作品プロデュースで有名で、

めんどくさいので、ものすごく簡潔に言ってしまうと、

「いい時代の音楽」を現代にちゃんと再現する、というプロデュースを行う人だと私はおもっていて、

「だから、NEWはいい曲なのか。」と改めておもった。

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神宮外苑で紅葉まっさかりの銀杏並木を見て、国立競技場をながめる。

外苑周辺を歩くのは、神宮球場までプロ野球を観にいってた中学生の頃から、やっぱり好きだ。

「東京だなあ、」という感じがして、気分がアガる。いまだに全然飽きない。

あたらしい国立競技場が、今の高さより、もっともっと高くなるらしいことに、私は反対である。

神宮球場からJR千駄ヶ谷駅へと歩いていく途中の、国立競技場東側の日陰部分は、今でも十分寒々しい。

神宮外苑は、これ以上自然を減らすべきではない。てか、今以上に緑地の部分を広げて、増やしていったら、もっと魅力が増すだろう。

なんで、あたらしくしようとするとき、自然を減らしちゃうことを「仕方ないこと、」としてしまうのだろう。

なんで、あたらしくしようとするとき、自然をむしろ増やそう、という発想にならないのだろう。

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代々木第二体育館でバドミントンを観た帰り、イルミネーションがはじまっている表参道を歩く。

「今年のイルミネーションは去年よりなんかあんまりきれいじゃないな、」とおもうのは、たぶん私のこころのもちようか。

「なんか、ちがう。なんか、ちがう。」とおもいながら、トイレを借りに表参道ヒルズへ入る。

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むかし、表参道ヒルズが出来ていくとき、建築家があれこれ持論を語っていて、

「ほう。そうか。なるほど。」と私は感心していたが、

で、私ははじめて表参道ヒルズに入ったとき、私は、「え?」と、がっかりした。

なんか、郊外の、安っぽいショッピングモールみたいじゃないか、とおもった。

そのときのおもいは、今も変わらない。

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表参道の同潤会アパートの並ぶさまは、かっこよかった。

そのなかのおしゃれな店に入る、入りにくさ。そのかっこよさ。

なぜ、あのかっこよさをそのまま引き継ぎ、「あたらしくつくる」ことができなかったのだろう。

つまり、あのアパートを何棟もつくりなおせばよかったんじゃない?、と私はおもう。

国立競技場だって、あたらしく「同じもの」をつくればいいんじゃないの?、と私はおもう。

そんなことはできない。

同じものをもういちどつくるなんて、そんなばかみたいなことできない。そこに発展も進歩もないじゃないか。

か?

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マーク・ロンソンのプロデュースは、なぜ良い方向に向かうのだろう。

なぜ、ただの「昔の焼き直し、」にとどまらず、今でも通用する良いものが出来、

「古臭い」と一蹴されず、今のひとたちに受け入れられる「フレッシュさ」があるのだろう。

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もう、表参道ヒルズは手遅れだけど、

あたらしい国立競技場はまだ間に合うので、なんとかしてほしいです。

あたらしいものをつくるとは、そんなに作り変えなきゃいけないものなのか。

いい時代のものを引き継ぐ、ということは、そんなに新味のないパッとしないことなのでしょうか。

まちがってたら、ごめんなさい。

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(のぶ)

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