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2015年4月

2015年4月29日 (水)

世界卓球を観て、いいわけをする

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のぶ。新緑。

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世界卓球を観ていたら、

「向上心のある選手は、みんなが応援したくなりますよね!」と、解説の女性は言う。

そうなのか?

そうだろう。そういうものだ。

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『バンドオブグリマーズ』ふたたび。

何年も前に作った曲をやっていて、進歩なし。

(いまのところ)新曲はないけれど、(つくります)

も。私には、いまだに、向上心がある。

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ある意味、私のしぶとい向上心のおかげで、

今回の「ひっどいライブ」のコンセプトが思いつかれた。

無難にアコギ弾き語りでやっていればいいものを、

わざわざ、打ち込みトラックつくりに没頭し、

ひとりリハーサルスタジオに入り、練習を重ねた。

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で。

その結果が、「ひっどいライブ、」になった

「なにやってんだろう、まったく。」とおもう。

ともあれ、私には向上心があるから、ゆるしてほしい。

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「ライブすんのは好きなんスけど、

もうやることないんで、昔の曲、やってま~す♪」

向上心のかけらもない、そんな気持ちじゃない、ことは、

ぜひわかっていただきたい。です。

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私は、石巻の魚屋、あの武骨なかっこよさが

なんというか、川久保玲コムデギャルソン的なかっこよさみたいな、(なに言ってんだろ?)

バンドオブグリマーズみたいなもので、できないか、

かんがえているのである。向上心。

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すでに見たものでなく、すでに繰り返されたことでもなく、新しく発見すること。前に向かっていること。自由で心が躍ること。」

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「無視されるよりも、けなされるほうがましです。」

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コムデギャルソン川久保玲氏のことば。

がんばります。

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(のぶ)

2015年4月24日 (金)

ひっどいソロライブをする

2015年4月24日(金) 新宿レッドクロス

佐藤 信ソロライブ

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SE 『LAST DATE』 フロイド・クレイマー

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1.『32歳の別れ』

2.『富士見フォーエバーヤング』

3.『追憶のハイウェイ17』

4.『花園インターチェンジ』

5.『こんなに遠くまできてしまった』

.『武州オンザロード』

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パソコンとエレキギターで、ソロライブ。

パソコンから鳴らしたトラックとあわせて、

ひとりで『バンドオブグリマーズ』できないか、という試み。

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ひっどいライブだったそうです。

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「はっきりいって、つまらない。」

「全然よくない。」

「伝わってくるものがない」

「MCがつまらない。痛い。」

「ひとりじゃ、ダメだな。」

「どうしようもない。」

「ほんと、ひどい。

お客さんからは、厳しい感想、いろいろいただきました。

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なぜ、そんなひどいライブになっちゃうんだろう?

自分でも、「なんでこーなっちゃたのかな、」とおもう。

バングリの曲、そのコンテンツは、(たぶんきっと)エバーグリーンにいいものだし、

私だって、ちゃんとやればやれるはず。(たぶんきっと)

私のかんがえが、「優良なコンテンツ」を台無しにしていく?

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ソロライブ。アコギ一本弾き語りでは、変化がない。

自分なりになにかあたらしいことをやってみたい。

思い浮かんだイメージが、ニールヤング

ステージ上、ノートパソコン一台があって、

ニールヤングがエレキギターを持っていたら、というイメージ。

なんか、おもしろそうじゃん。

かっこよさそうじゃん。

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ひとりで、ふつうのバンド演奏のようなことをする。

私は「なにか」を大きく間違えてしまって、

結果、とんでもなくつまらないものがステージで展開されてる。

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そうか。

ニールヤングだったら、ノートパソコンとエレキギターで

もっとめちゃくちゃやるのかもしれないな。私たちの想定を超える、びっくりしちゃう、なにか。

ニールヤングは、きっと、「ふつう」に収めない。

とか、今になって気づいたけど、もう遅いし。

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今回誘ってくれた、お店のかたが、

「まあ、どんなかたちであれ、バンドオブグリマーズの名曲ぞろいのライブが聴けて、おれはうれしかったよ」と言ってくれたことが、せめてもの救い。

「優良なコンテンツ」を台無しにしないよう、

以後、気をつけます。はい。

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(のぶ)

2015年4月23日 (木)

盛岡で冷麺を食べる

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冷麺。盛岡市

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盛岡に、冷麺を食べにやってきました。それだけ。

も、私の入りたいイメージのお店がなかなかなくって、

盛岡のまちを、さまよいます。

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そのうち、盛岡の城址公園みたいなところまできてしまって、

急に、町並みが中目黒みたいでおしゃれだ。

(ただ。みんな中目黒になっちゃうなあ…)

ともあれ。川やお堀、水のあるまちは、おしゃれになりますね。

郊外のでたらめな町をおしゃれにしたかったら、

ショッピングモールの周りに、無理やり、深いお堀でも掘ればいいのだ。

(お堀は深いのがポイント。浅くちゃダメ)

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おしゃれな町並み。

そこを歩く旅人であることをいいことに、道行く人に、

「おいしい冷麺を食べさせてくれる店はありませんかね?」と訊けるはずなのに、

なんか、そういう質問はチョーシ乗ってて、やだなあ、と、

なぜか急におもう。

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てか、盛岡のまちが、私の想像以上に都会で、

盛岡駅へ着くなり、さっそくサラリーマンに道をたずねたが、

「すみません。地元のものじゃないんで、」と足早に立ち去られた。

地元のバスケ部の高校生に声をかけるも、

「え?北口?西口は向こうです」と言って、高校生は立ち去る。

私の質問「盛岡駅北口って、ここですか?」の答えになってない。コミュニケーションが成り立たない。

「あ。おれ、なんか風向きが変わってきたぞ、」とおもう。

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私が東北各地で満喫してきた、「牧歌的なコミュニケーション」が、ここ盛岡ではとりづらくなっていることを、

私はなんとなく気づいていく。

そもそも、道行く人に「おいしい冷麺が食べられるお店知りませんか?」は、なんか、ハードルが高すぎる。

たぶん私にはもうムリだ。

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旅が終わりに近づいている。

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「まあ、ここならいいかも、」と入った、こじんまりとした焼肉屋で食べた冷麺は、実にうまかった。

麺もスープも、完成度が高い。さすがの盛岡冷麺。

この気持ちはちゃんと伝えるべきだな、とおもったので、

「ごちそうさま。とてもおいしかったです。」と声に出して、お店の人に伝えた。

チョーシに乗る、やっぱり気持ちいい。

この火を消してはならない

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北上川がやけに、荒れている。

「ダムの水を放出中、水が増水、注意、」と電光掲示板が伝える。

東北にいるあいだ、ずっと晴天続きだった空から、ぽつり雨が落ちてきた。

そろそろ家に帰ります。

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(のぶ)

2015年4月22日 (水)

青森の朝、旅ランする

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のぶ。青森ベイブリッジ。

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青森の朝、

ホテルの朝食の前に、まちをジョギングします。

青森は、港があるまちなので、海をみながら、ジョギングはさわやかで、たのしい。

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てか、旅先での朝、そのまちをジョギングすることは、

なんか最高で、最高としかいいようがない。

青森の街なかを好きなように走っていたら、方角がわからなくなって、道に迷ってしまっても、

信号待ちをしている青森のきれいな女性をみつけて

(うすいベージュの春コートを着て、めがねかけた青森女子)

「すみません、駅はどっちの方向にあるか教えてくれませんか?」と、困った顔をして訊ける。

(私はスマートフォンをもっていない)

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旅ラン(旅先でジョギングすること)って、

いかにも「チョーシに乗ってる」感じがするけれど、

私の中では、そうでもない。

なんというか、旅の一部というか、

旅したら、必ずしたいこと、しなくてはどうもむずむずして落ち着かないことだから、しかたないことだ。

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誰がどう見ても、チョーシに乗ってることを

「え?自分にとっては、ふつうなことですが」

なんて真顔で言えれば、

私もいよいよ芸能人になれるかもしれないね。

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(のぶ)

2015年4月21日 (火)

青森、海岸線を10キロ歩く

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五能線線路。深浦(青森県)

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五能線、鬼の4時間、電車待ち。

4時間電車待ちをするか、2つ先の始発駅まで歩くか。

もちろん、私は歩きます。

二駅ならば、だいたい10キロくらいだろう、と見積もる。

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温泉のフロントの女の子に、

「ここから深浦駅まで歩こうかとおもうのですが、ムチャですかね。遠いですか?」と私が訊くと

「え。ほんとですか。遠いですよ。」とフロントの女の子は信じられない。といった感じの声を出してくれる。やさしい。

「17時15分の深浦駅発の電車に乗りたいのですが、あと4時間くらいで着きますかね?」

「う~ん。4時間もあれば着くかもしれません。でも遠いですよ。」とフロントの女の子は私をいたわる。ような声を出してくれる。かわいい。

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というわけで、

青森の海岸線を、4時間タイムリミットのウォーキング。

(17時15分に乗り遅れると、その日のうちに目的地の青森駅までたどり着けない)

もんだいは、もし距離が実は20キロくらいあったとしたら、どうしよう。ということ。

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だから、海岸の畑で野良仕事をしている地元のひとに向かって、いちいち、

「すみませ~ん!」と出来るだけ若々しく、さわやかに声をかけ、

「ここから深浦駅まであとどれくらいですか?」と訊きまくる。

答え次第では、あまりのんびり歩いているわけにはいかなくなる。

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「え?深浦駅?遠いよ。」と、みなさん、ちょっと驚く。

「こっから、まだまだだ。温泉からなら、まだ半分くらいだ」というおじいちゃんがいれば、

「あと3分の2はある。まだ半分まできてない」というおばあちゃんもいる。

答えにばらつきがあり、最後まで油断できないけど、

「大丈夫、間に合うよ。おにいちゃん、若いんだから!」

と、おじいちゃん、おばあちゃん、誰もがそう言う

おれは、若い、のか?

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深浦の海岸線は絶景ポイント多く、ついつい寄り道しながら、

結局、10キロくらい歩いたのだとおもう。

時間にして、2時間30分くらい。

鉄道もいいけど、自分の足で歩くのも、

なんか、たのしかったなあ!

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寂れた港町には、ぽつんと、古いケーキ屋さんがあり、

店主と、このまちのことなどを話しながら、

また、「鶴瓶の家族に乾杯」やってる自分がすごい。

いちごのショートケーキを買って、

着いた駅の待合でストーヴにあたって、食べました。

「うん。おれ、いいんじゃない?」とおもった。

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「いい選択だ!」

「よく、話し掛けた!」

「おれ、なかなかいいんじゃない?」

とか思うこと多い、今回の旅は、

私が私を肯定していってる旅であり、

自分のことがどんどん好きになってる旅、である。

チョーシにのってるし、踊ってる。

自分探しの旅?って、けっこう明るい、のだった。

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中田英寿さんは、きっとすごく明るい人なんだろうね。

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(のぶ)

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佐藤 信の「明るい」ソロライブ

2015年4月24日(金)

新宿レッドクロス 19:40~

2015年4月20日 (月)

不老ふ死温泉に入る

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不老ふ死温泉 露天風呂。(青森県)

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五能線を、艫作(へなし)駅で途中下車。

日本海にモロに面した露天風呂で有名な、

不老ふ死温泉に寄っていきます。

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不老ふ死温泉も、私が前から行きたかったところでしたが、

五能線沿線だとは今の今まで知らなかった。

のらちゃんが「のぶ、よかったじゃん。ついでに行くことができて」と言ってくれているようです。

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不老ふ死温泉、すばらしい温泉でした。

私のなかでは、現時点で、温泉ナンバーワンです。

男湯にも、露天風呂にも、展望風呂にも、誰もいなくって、

「貸し切り」状態だったのもよかった。

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露天風呂、すぐそばに日本海、あまりにもすばらしくって、

ここから離れたくない。

のぼせて湯船から出て、身体冷えて入って、を繰り返して、しばらく過ごしていると。

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露天風呂の湯の温度を測りにきた従業員が、

「おばさん」ではなく、わりと若い女性だったので、

「え?」と、おもった。

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海岸の露天風呂(写真。建物から100メートルくらい離れてる)に、

その女性と、すっぱだかの私だけ。

測定、妙にながい。そんなにいろいろ測ることあるのか?

「うぅ~。のぼせた~」とか言って、湯から上がり、

ここで彼女に私のちんことかみせたら、

向こうは慣れてるとはいえ、なんかたぶんまずいんだろうか、と

おもいつつ、なんか「あれっ?」とちんこみせたい気がするのは、

私がチョーシにのってるからであり、

自信なんかないんだけど、なんかみせたい。みせたい。

ばかだ。

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(のぶ)

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駅から温泉までの道を歩いていくと、

日本海がぱあっとひろがる坂道で、気分よく

「のらちゃんに、会いたいなあ!」

と、おもってしまったら、おもわず、泣く。

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のらちゃんがいない。

私がうちで風呂に入っていると、曇りガラスの向こうで、のらちゃんは私の出るのをじっと待っている。

いま、曇りガラスをみて、私は泣いてる。

私がトイレに入っていると、ドアをこつこつ叩いて、トイレのドアの前でのらちゃんがちょこんと待っている。

うんこしながら号泣する日がくるなんて、思いもよらなかったよ。

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これはやばい。ふつうに暮らせない。

かなしみに身体まるごと飲み込まれちゃう。やばいぞ。

そうおもって、私は、部屋を大胆に模様替えしました。

のらちゃんが「いたところ」を別の空間にし、

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「のらちゃんは、そこにはいない。ここにいる。」

「のらちゃんは、どこにもいない。ここにいる。」

と、何度も何度も自分に言い聞かせることにしました。

(「ここ」とは、私の胸の中心のあたりです)

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きっかけひとつで、私は、突然、ぐわっと泣く。

泣きすぎてか、目の下に、くま、ゴルゴ13のスジみたいな黒い影ができて、

急に部屋を大掃除して、大胆に模様替えしていたり、

急に「東北に行ってくる、」とか言い出すので、

うちのアニキが、

「犬が死んで、うちの弟が狂った」

とか職場で言っているらしい。

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「のらちゃんは、どこにもいない。ここにいる。」

私はのらちゃんが私のなかにいます。

のらちゃんが「のぶ、」と呼ぶのは、私の声だが、

私はのらちゃんがいるので、まちがったことはできません。

私がチョーシに乗ると、「のぶ、それでいいよ」と、よろこんでくれるみたいです。とくに引いてる感じはしません。 

私はそうおもいます。

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(のぶ)

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佐藤 信の「みせたい」ソロライ

2015年4月24日(金)

新宿レッドクロス 19;40~

2015年4月19日 (日)

2015年4月 佐藤 信の五能線ライブ

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のぶ。五能線!

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2015年4月24日(金)

新宿レッドクロス

http://sputniklab.com/redcloth/home.html


open 18:30 start 19:00

adv \2000(+1drink) door \2500(+1drink)

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出演

恋をしようよジェニーズ

Bryan Associates Club

佐藤 信 (19:40~)

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<コメント>

とつぜんですが、

遽、ライブ決まりました。

バンドオブグリマーズの語り部ライブです。

バングリの名曲を歌い継ぐ、不動・不屈のソロライブ。

私は五能線になりたい!

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2015年4月 8日 (水)

JR五能線に乗る

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のぶ。五能線 岩館駅(秋田県)

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新聞で、

「ローカル線ベスト5」みたいな記事があって、

やっぱり、1位は、五能線(青森~秋田)なのである。

「へぇ~、五能線って、そんなにいいのか~」

「乗ってみたいな~」とおもう。

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新聞をひろげる私のそばには、のらちゃんがいて、

「いやいや。のらちゃんをおいていけないし。まあ、五能線には当分、乗れないな」とおもう。

これはたしか、2月か3月のはなしだ。

五能線には乗ってみたいけど、のらちゃんと離れて、私だけ青森に行くなんて、ありえない。

私はいま五能線に乗れないし、この先何年も乗れなくたっていい。

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のらちゃんが、

「のぶ、五能線、乗ってきなよ。あんなに乗りたがってたじゃん」

そう言っている。とおもう。

今回の私の東北の旅は、

「かき小屋でかきを食べる」と「五能線に乗る」が、

のらちゃんからの2大メッセージだ。

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あこがれの五能線。

海岸線ぎりぎりを走りつづけるエンターテインメント。TDS超えた!

でも五能線はただのリアルだ。アトラクションじゃない。

こんなエンタメ感が、日常に地続きしていることがすばらしい。

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深浦(青森県)という駅から青森方面に向かう3両列車には、

なんと、私だけしか乗客がいない!

私一人の客を乗せた、この車両を走らせるためには。

どれほどのエネルギー(経費)が必要とされるのだろう。

「貸し切り」状態の興奮もほどほどに、

五能線の将来が心配になる。

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JR五能線が運行していることは、奇跡なのかもしれない。

奇跡はきょうも実現している。

いろんなことが、ギリギリで成り立っている。

乗客がいない、ローカル路線。

JRも、通常運行をやめようとおもえば、いつだって、やめちゃうんだろう。

なんというか、意地で走ってる気がしたよ五能線。

なにかのために。

それは、郊外のまち、でたらめなショッピングモール誘致とは絶対に相容れない、なにかだ。

意地で走る五能線。たったひとり、私だけを乗せて。

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車窓からは、日本海つづく。ほんとうに海のギリギリを走る。

しっかし、すごいところ走ってるよね五能線。

冬の荒れた日本海の季節に、もういちど乗ってみたい。

たぶん波しぶきが窓にかかってくるだろう。

TDS超えて、生命の危険すら感じちゃうかもしれないね。

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海岸の岩畳は、景色として、なぜこんなに魅力的なんだろう。

「こんな景色の良いところに列車走らせたら、素敵じゃない?」

日常の実用性・効率性より、

誰かのロマンチックなおもいつきで五能線は走っている、そんな気すらする。

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「おまえのロマンチシズムにつきあってられるか!」

「おまえのゆめにつきあってられるか!」

そうして、世の中のすてきなものが、なくなっていく。

五能線は私のゆめだ。

「のらちゃん、ありがとね。」

私は口に出して、そう言った。

乗客は私ひとり。

五能線はゆめなんかじゃない。リアルに走る。

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(のぶ)

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追記 「私と鉄道」

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私は「鉄道おたく」ではないのですが、

でもやはり私は、電車に乗っていることが好きで、

隙あれば、「ふつうに帰れば1時間のJR線を、大回りにぐるっとつなげて、5時間かけて遠回りして帰る」みたいな、

まあ、ふつうのひとからしたら意味不明なこと、そういうことにわくわくする人間だから、

まあまあ、ライトな「乗り鉄」といえるかもしれない。

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そんな私たちにとって、

JRの普通列車乗り放題の「青春18きっぷ」は、ほんとうにありがたいサービスで、

のらちゃんからの2大メッセージを受け取ってから、

私はむくむくっと起き上がり、東北の旅を計画し始めた。

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ミニ時刻表を買ってきて、路線図と時刻表をにらめっこしながら、

宮城県石巻から五能線まで、東北の、どの路線をどのようにつないでいこうか、かんがえるのは

ほんと、たのしい。

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2015年4月 7日 (火)

秋田料理を食べまくる!

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しょっつる鍋! 秋田

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のらちゃんが、

「のぶ、秋田料理大好きだよね。秋田で食べてきたら?」というので、

秋田です。

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秋田料理を、シブい居酒屋で食べまくる。

なんてすばらしいのでしょう。

とりあえず、本日のおすすめを中心に、

いぶりがっこ

はたはたの塩焼き

しょっつる鍋

からかい(エイ)のから揚げ

ひらめの刺身。などを頼みます。

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第1オーダーで、カウンターには結構な量がきてしまったので、

ほんとうは、定番「きりたんぽ鍋」「稲庭うどん」も食べたかったし、

「じゅんさい」や「とんぶり」などをつかった、ザ・秋田料理も押さえておきたい

「うど焼き」「こまいの焼き物」などなど地味な一品も魅力的、

おしながきをみてるだけで、うっとり。そのほとんどを頼んでみたい気がしましたが、

食べ残しは失礼なので、ぐっとこらえます。

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食べて、おもわず、

「おいしい。」とはっきり口に出して言ってしまいます。

カウンター越しに店主もうれしそうだが、それよりも、私がうれしい。

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てか、店主は、

秋田に昔から伝わる食材を、ほとんど手をかけず提供してるだけ、ともいえる。

はっきりいって、私でも出来そうな(いぶりがっこは別)かんたんな料理ばかりだ。でも、

「そういうことでいいんだよね、」と私もおもう。

余計な手出しはしない。流れに乗るだけ。

それがいちばんいいとおもう。

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すごく個性的なのに、ちゃんとおいしい。

秋田料理は、ほんとにすばらしい。

そんな音楽なら、絶対売れてる。

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秋田で秋田料理を食べる。ゆめみたいだ。

天国です。

「よし。ひらめの刺身には、秋田地酒の純米吟醸であわせようかな、」

なんて、ますますチョーシにのってたら、

油断した。

おなかがゆるくなって、

ホテル帰る途中、うんこもらしそうになりました。

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(のぶ)

2015年4月 6日 (月)

電車待ちで、途中下車してみる

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0番線ホーム。北上駅(岩手県)

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JR東北本線からJR北上線に乗り換えるため、

岩手県、北上駅で約1時間の電車待ち。

ちょっと街歩きでもするか、と改札を出ます。

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駅周辺は、キャバクラばかりの「夜の街」で、明るい午後には何にもないので、

とりあえず、開いていた酒屋さんに入って、この街の情報収集することにします。(私はスマートフォンを持っていない)

「こんにちは~。ごめんくださ~い。」と誰もいない店内で声を上げる。

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奥から出てきた店のおじいちゃんに、

街の中心地はどこか。ということから次第に、話は、

街の変遷(どうしてこんなに駅前にキャバクラばかりなのか。このまちはどうなってるのか)について、あれこれ。

「あぁ、なるほど。そうだったんですか~」なんてうなずいている。と

「なんだ、これ、『鶴瓶の家族に乾杯』みたいだな、」とおもう。

旅人ゲストの芸能人みたい。

おれ、チョーシにのってる。ほんと。

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石巻で、宮城県限定発売のニッカウヰスキー「伊達」というウイスキーがあるのを知った。

洋酒を中心に、やけに品揃えの豊富な、この酒屋には

もしかして、「伊達」180mlサイズの小瓶はないか、とたずねたところ、

「いや、ここにはないね。」

「だって、ここは伊達藩じゃないもの」

と店のおじいちゃんは真顔で言った。

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(のぶ)

2015年4月 5日 (日)

石巻でおしゃれを語る

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かっこいい店内。石巻

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かきをたくさん食べ、午前中からビールを飲んで(チョーシにのってる)

かき小屋を出て、歩いて5分。

つぎは、地元の魚屋さんのなかの食堂スペースで、

とれたての海の幸、いろいろをいただきます。

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あ。そのまえに、

かまぼこ屋さんでかまぼこを買って、かまぼこ食べながらの街歩き。(チョーシにのってる)

石巻には、街歩きした私が見ただけでも3軒のかまぼこ専門店があって、

なんか、かっこいい街だ、とおもう。

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「かまぼこ」なんていう、専門性が高い、高級食品をあつかうお店が、まちに何軒もある。

それだけで、文化レベルが高い、というか、

かっこいいとは、こういうことだよな、とおもう。

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幹線道路をつなげて、拡張して、

ショッピングモールの誘致ばかりしてる、郊外のわが町は、

なにもかもが、ほんと、スッカスカになっている気がする。

まあ、いいや。

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いいのか!

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食堂は、地元のブルーカラーのひとたちがふつうにお昼食べに来る、

魚や貝のならぶケースのとなりで、事務用の長机と椅子をならべただけのそっけなさ(写真)、

ソウルフード感ただよう、店?の雰囲気がかっこいい。

注文システムがどうなってるのか、私にはさっぱりわからない。

そんな、よそものを拒絶する感じが、また、たまらない。

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でも。レジの女性が、旅人の私にとてもやさしくしてくれる。

彼女にやさしくされるがままに、私は、

お刺身定食・毛がに味噌汁つき(\600)

うに一枡いっぱい盛り(\780)

ほたて貝一枚その場でさばいて刺身(\180)

という、よそもの感たっぷりの贅沢ランチ。

ほたてが抜群にうまかったです。

私が今まで食べたほたてのなかでも、いちばん美味かったかもしれない。

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という話を、

立ち寄った酒屋の店主にはなしたら、

「都会の人は、ああいう店がいいとか言うよね」と言う。

店主は、近所ながら、もう何年も、件の食堂には行ったことがないらしく。

「ほたてはすぐそこで養殖してるし、この辺ならどこにでもあるし」

「どうせ魚介を外で食べるんなら、寿司とか、もっといい店で食べるしなあ、」

「近所の住人からしたら、あの店はわざわざ外食しにいく場所ではないんだとおもうよ、」

とかなんとか。

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まあ、その気持ちはわかります。

でも、自分たちのまちに、いかにかっこよいものがあるか、自分たちにはわからないんだなあ。

中目黒でもないところで、地元の若者が中目黒みたいなレストランをつくるおしゃれも、まあ、いいんだけど、

地元土着感バリバリのそっけないソウルフード食堂こそ、クールで、かっこよいとおもう

おしゃれとはなにか。

のぶ、石巻でおしゃれを語る。

チョーシにのってるねえ。

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(のぶ)

2015年4月 4日 (土)

被災地でチョーシに乗る

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石巻漁港。

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私が以前からやりたかったことのひとつに、

津波の被災地を歩く、というのがありまして、

なんとなく延び延びになっていたのですが、

のらちゃんが、「のぶ、被災地行ってくれば?行きたかったでしょ?」と言うので、

石巻です。

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震災から4年。

石巻駅から、石巻漁港へ、

漁港から、日和大橋をわたって、

いちばん被害の大きかったと言われる海岸沿いのまち、門脇・南浜地区へ。

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防波堤を乗り越えて、砂浜へ降り立つ。

太平洋。

海水を手にとる。

私の心残りのひとつに、

のらちゃんを海に連れて行けなかったことがあって、

「のらちゃん、これが海だよ。」とおもう。

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津波で、まち全体が更地になってしまった土地を歩く。

慰霊碑、お地蔵さん、供養の花が、ぽつりぽつりとある。

やはり、そこをなにもせずに通り過ぎることはできない。

手を合わせて、「安らかにお眠りください。」と祈る。

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ん?

「朝っぱらから、おれの姿、ちょっと異様だよな。」と自分でもおもう。

なんか、おれ、悼む人、みたいじゃないか。」とおもう。

「しかし。『悼む人』、途中で飽きちゃって、途中で読むのやめたんだっけ。」

「悼む人、結局、どうしたんだろう? うちに帰ったのかな?」

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とかなんとか。

私はバックパック背負って、ひたすら被災地を歩く。

4月だけど、寒い日で、もう何キロ歩いた? ちょっとつらい。

歩くだけ。

自分でもなにがしたいのか。とにかく歩く。

『悼む人』っぽい自分に、多少照れつつも、

被災地。やっぱり律儀に、ひとつひとつ、ちゃんと手を合わせて、祈る。

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「まじめか!」

はやりのツッコミを、自分で入れてみる。

そうだともいえるし。もしかしたら、

私は、いま、けっこうチョーシ(調子)にのっているんじゃないか、とおもった。

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1月、2月、3月と、じわり、じわり、

のらちゃんが厳しい状態に入ってから、

私はもう、以前のようには、自分がチョーシに乗れない人間になってしまった、とおもっていた。

なんというか。もう、踊れない。

死の影、たいせつなものを喪うこと、そういうおそれを常に意識しながら

人生は、やがて来るその日の先延ばしにすぎない、と、びくびくおびえて、生きていく。

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なんというか、チョーシに乗るためには、

根拠なき自信。未来への楽観。しぶとい現状肯定なんかがたいせつで、

ライブをするのも、ブログを書くのも、

ちょっとしたチョーシに乗っていなければ、できない。

(2月は、ウイスキー酔い、酒の力でごまかした?ともいえる。反省。)

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石巻にきてみて、

私は以前のように、かどうかはわからないが、

あきらかに、チョーシにのっている。踊ってる。

旅人であることをいいことに、出逢ったひとに挨拶し、話しかけ、震災のときの話などを話し込む。

「へぇ~、そうだったんですか」、なんて言って。

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チョーシにのってる。

「うん。おれ、いいんじゃないか?」とおもう。

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(のぶ)

2015年4月 3日 (金)

かき小屋で牡蠣を食べる

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のぶ。石巻

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テレビで、

東北のどこかに、かき小屋というのがあって、

プルンプルンの牡蠣を何個も何個も、たらふく食べているひとたちがいる。

「おいし~い!」とか言っていて、

かき好きの私にとっては、ゆめみたいだ。

「うらやましい。あぁ、私も獲れたての牡蠣を好きなだけ食べたいなあ」と激しくおもう。

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テレビを観てる私のそばには、のらちゃんがいて、

「いやいや。のらちゃんをおいて、東北になんかいけないな、」と、すぐにおもう。

私がかき小屋で獲れたてのプルンプルンのかきを好きなだけ食べる日は、たぶん当分こない。

てか、そんな日はこなくてもいい。

のらちゃんと暮らすとは、まあ、そういうものなのだ。

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のらちゃんが、いない。

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私が考えたのは、

のらちゃんが、「のぶ、かきを食べに行ってきたら?ずっと行きたかったでしょ?」と言っている、

そうおもった。

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そのとおりにすることにした。

私は東北にかきを食べに行くことにした。

かきはおいしかったです。

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(のぶ)

2015年4月 2日 (木)

東北へ行ってきます

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のらちゃん(ウソ)。石巻にて

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ふと、思い立ち。

東北をまわってくることにしました。

うちには、もう、のらちゃんがいないから。

これから、しばらく、東北の旅の記録がつづきます。

おたのしみに。

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写真は。

今回の東北旅のはじまり

早朝の石巻をあるいていたら、

いきなり、のらちゃん似のワンちゃんに遭遇。

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「おはようございます。あの~すみません。ワンちゃんかわいいので、写真撮らせてください」

通りすがりのおじいちゃんに、ふわっと話しかける、軽さ。

積極的なコミュニケーション。

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なんか、おれ、変わったな。

のっけから、いい感じ。

いい旅になるかもしれない。

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(のぶ)

2015年4月 1日 (水)

さようなら、のらちゃん

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のぶ。新宿御苑。

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のらちゃんが死にました。

3月。

梅の花は散り、桜がもうじき咲きそう

月曜日のお昼まえ、

のらちゃんは動かなくなりました。

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だれかに捨てられたのらちゃん

泥だらけで、河川敷、ひとりで生きていた。

そんなのらちゃんは、私をすきになり

私のいくところには何処にでもついてくる。

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だから

最期はかならず私がそばについていてあげる。

そして、できるだけやすらかに、うちで看取れたらいいなあ。

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それが私の生きる意味であり、生きる目標でした。

のらちゃんはひとりじゃないよ。

3月。

私のすべてをかけて、のらちゃんに尽くしました。

私がどれほどのらちゃんのことがすきなのか

それがなんとかできたかな、と。

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4月。

新宿御苑の広い芝生で、満開の桜をみてる。

油断した。

ふと。ケータイののらちゃんの画像をみてしまって、

さめざめ泣く。

まだ、ぜんぜん、ダメじゃん!

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(のぶ)

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