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2016年2月

2016年2月28日 (日)

サッサン、竹富島で知り合った写真家さんの個展に行く

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サッサン。新宿区。

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竹富島の民宿で「ゆんたく」し、知り合った

私は写真家です、と言っていた方が

東京で個展を開くというので、行ってきました。

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写真家だと名乗ったことで、

竹富島のゆんたく女子たちから

「写真家さん、写真とってください~!」なんて気安く言われちゃってて、

その方はやさしいから、嫌な顔せず女子たちの記念写真を撮っている。

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べつに、お高くとまった芸術家、アーティストぶった方ではないから、余計に、つけこまれる。

ゆんたく女子たちが撮り直しを要求!マジか。

「あぁ、芸術家がこき使われているっ!」と私はひそかに同情します。

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もし、ギターが、「ゆんたく」の場にあって、

「バンドマンさん、一曲やってくださいよ~!」みたいなノリに巻き込まれる。感じか。

断るのも野暮。やるのも地獄。どちらにしても、やるしかない。

まあ、たいへんな現場だよね。

(そういうときは、私の持ちネタ?、華原朋美『I'm proud』でも弾き語りしとけばいいのか。いいのか?)

お~、こわっ。

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竹富島。嵐の朝。

宿のみんながあわてて帰り支度をしているなか、

私と写真家さんは、パパイヤの木陰で、

強風、横なぐりの雨降る中、

アナログなものの良さについて、悠長に話し合っている。

なんか私はその状況がけっこうたのしかった。

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写真とはなにか

現像するためのモノ、「塩」から作り上げていくという、

その写真家さんのクリエイティヴィティに

私は深く感心したのでした。

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私が最近、聴きまくっているディアンジェロが、

新作制作において、とことん、完璧にアナログレコーディングにこだわった、

なんて話は、私は本当に大好きで、

実際に、ディアンジェロの新作は、音が、めちゃくちゃ良い。

聴いてて、気持ちよい音。

機械でない、にんげんのルーズなリズム感。

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べつにあたらしさを狙って、そうなったわけでなく、

古いもの(19世紀の写真技術)に忠実にしていったら、

どんどん過激になっていっちゃって、

もはや私たちのかんがえる「写真」を超えていっちゃってる。

私はこういう話が大好き。

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旅先でたまたま知り合ったにしては、

なんかすごく共感できるクリエイターさんと出逢えたことがうれしい。

ギャラリーで、閉館まで、さんざんおしゃべりしたあと、

私にしては、めずらしく

「このあと、ご飯でもどうですか?」と私から誘ってみる。

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ギャラリーのスタッフの方と、たまたま来場していた

京大を卒業後、東大の大学院を出たという超スーパー秀才くんにも、いっしょにどうですか?誘って、

アートなひとたちと、ぞろぞろとフレンチのお店にいく。おしゃれだ。

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「ノラが死んで、あいつ、あたまがおかしくなってる、」

とエディ兄なら言うだろうか。

「おれ、変わったな、」 われながら、ちょっとおもう。

そう、もちろん、

のらちゃんがいたからであり、のらちゃんがいないからだ。

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「ラーメン二郎、おれはまだまだいけますよ、大好きッス!」

(アートな?)私は相変わらずどうでもいいことをはなしているが、

ときおり、

自分にはまだやりたいことがあり、寝かせているアイデアがあり、いままでやってこなかったことをしていきたい、

みたいなことを写真家さんがぽつぽつ話しはじめると、

私には写真のくわしいことはよくわからないが、

そういうことを話しているひとは、やっぱり魅力的で、おもしろい。

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資料の作家経歴によると、氏の作品は、ボストン美術館などにも買われているらしい。

ふーん。そうだったのか。

って、それがどれだけすごいことなのか、私にはよくわかりませんが、

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個展には、もし私がお金に余裕があったら買いたい、すごく気に入った作品があった。(もちろん安くない)

部屋に飾ったら、かっこいいだろうな、とおもう。

まず、そうおもうかどうか、は大きな線で、

芸術は、単なる「自分のやりたいこと」を超えて、

こうして経済に組み込まれていくのかな、とけっこうリアルに実感しました。

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(のぶ)

2016年2月21日 (日)

サッサン、それはうたになる。 私が完全に惚れてしまっている彼女から深夜メールが届く

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サッサン。ひなピラミッド。鴻巣。

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私は完全に眠っていて、

メールの着信音がきこえてくる。

「なんで~?」と寝ながらおもう。

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言うまでもないことだが、メールの着信音がすきだ。

いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女からのメールが

私の携帯電話が着信すると

私の全存在がふるえるのをかんじる。

(が、が、が、って、この一文、日本語がまちがってるが、

私の気分では合っているとおもう。

日本語文法が私の愛の強さ・スピードについてこれてないのだ。

私のつくる歌詞はこれから、日本語文法を超えていくとおもう)

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私は音楽がすきで、いろいろ聴いていて

ボブ・ディランとグレイトフルデッドのツアーや、

ディアンジェロのすばらしすぎる最新作『ブラックメサイア』(2015)、

1930年代のブルースや1960年代ザ・ロネッツ

北アイルランドの古い音楽、喜納昌吉とチャンプルーズ、

(とりあえず、いま、この机から目に付くCDを言ってみた)

もうなんでもいい、

いろんな音楽にうっとりしてきたが、

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音楽、ごめん。

いまやもう完全に惚れてしまっている彼女からのメールの着信音は、

すべての音楽を、超えていく。

私の全存在をゆさぶる。

なんてすばらしい音なんだろう、いつもうっとりするし、

つまり、深く感動する。

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私は完全に深い眠りに入っていて、

メール着信の音を聴く。

いとしい音、ついに、ゆめの中までやってきた。

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むかし、JR埼京線の車内で、のらちゃんの声(きゃん!)が聴こえたときは、

げ、幻聴? 「おれ、さすがにヤバイか!」と一瞬ヒヤッとしたが、

言うまでもないことだが、実はそんなこと心配していくわけがなく、

幻聴でも何でも、のらちゃんの声がリアルに聴こえたことに、

私は深くうれしかった。

(のちに、車両連結部のきしむ音が、きゃん!だと判明)

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いまやもう完全に惚れてしまっている彼女からのメールが待ち遠しい

ゆめの中で、彼女からのメールの着信音が聴こえるなら、

それはそれでいいんじゃないか。じゅうぶんだ。

(それはウソ!)

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てか。

ほんとに着信してんじゃん!サッサン、画面ひかってるよ!

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って、いま何時?

午前2時40分?

や、ありえないでしょ。

やっぱり、ゆめだ。

いやいや、サッサン、画面ひかってるよ!

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ケータイを、パカっと開いて、

ほぼ眠りながら、ぽちぽちボタンを押していく。

いまやもう完全に惚れてしまっている彼女からのメールだ、な。

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って、こんな時間に、良識ある彼女がメールなんてするわけがない。

私がいま見ているものは、なにかのまちがい。私は眠いのだ。

これはゆめだな、そうおもったほうが、自然だ。

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暗闇に光る画面。文字を見る。

内容がなんにも、あたまに残らないまま、

気絶するように、ふたたび眠りに入る。

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朝。起きたとき、

彼女からメールが届いたゆめをみたなあ、とおもう。

朝から、ほんわか、うれしい。

いくらメール着信の瞬間が好きだからって、

サッサン、すごいよ。ゆめまでも!

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朝のルーティン。ケータイをあけてみる。

ん?

彼女からのメールがたしかに深夜、着信していて、

私はそれを読んでいたのであった。

ゆめじゃなかったんだ!

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なぜ、こんな深夜にメールしなければいけなかったのか、

「取り急ぎ」の理由が、書いてある。

「うん、わかった、」と私はおもう。

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女から

深い眠りの深夜にメールが届く。

ゆめのようなメール着信。

意識の遠くから聴こえるメロディ。

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このことがどんなにすばらしいことだったかを

私は書きたい。

でも、あのとき私がかんじた、ありえなさ、すばらしさ、が

どうもうまく伝えられていないとおもう。

あぁ、ふさわしいかたちにしていきたい。

こうして、うたがうまれれば、いいとおもう。

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(のぶ)

2016年2月14日 (日)

サッサン、それはうたになる。 夕焼けを見に河川敷へ行く

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歯科医を出ると、ちょうど夕陽が西にまぶしい。

『急ぐ理由もない俺は』(かまボイラー)、

クルマを西に向けて走る。

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太陽線で 肌 黒ずんだ

重たいカネをもっている

ふさわしいおとこになりたいんだ

遠くへ いまは行く

『県道51号線』 バンドオブグリマーズ

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いい歌詞だな。

すきだから、いまは、きみから遠く、離れて行く。

きみにもっと近づくために、

きみにふさわしいおとこになるために、

な!

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河川敷を渡る長い橋、関東平野がひろがる。

クルマには、ボブ・ディランがながれる。

1987年グレイトフルデッドといっしょにツアーしたときのライブ盤。

エディ兄が海賊盤で買ったものの、その価値にまったく気づかず、何年も放置されていたCD。

最近、私が見つけて、聴きまくってる。

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河川敷にやってきた。

きのう、

いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女が

「きょうのこちらの夕焼けはきれいやよ、」

とメールくれた。

(「やよ、」に感動したのは言うまでもない)

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私はきのう、夕焼けはみれなかったから、

きょうは、わざわざ河川敷までやって来て、

じゃあおれも、特大の夕焼けをがっつり見てやろうじゃないの、とおもう。

彼女のことがすきだ。つまり、そういうこと。

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この河川敷は、のらちゃんといっしょにいっぱいきた。

茨城の清水さん(かまボイラー)の披露宴の余興に向けて、

よくこの河川敷でギターを弾き、ラップの練習していて、

クルマの中で、のらちゃんが、ぽけ~っと

「のぶ、なにやってんの?」って顔をしてみている。かわいい。

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いまやもう完全に惚れてしまっている彼女に

この河川敷から、メールしよう。

なんだよ、曇ってきちゃったな、夕焼けにならないじゃん

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メールだいすき。

いまやもう完全に惚れてしまっている彼女からのメールが

いままさに着信したとき携帯電話に、

私の全存在がふるえるのをかんじる。

この感動は、もっとふさわしいことばで表現したいな。

こうして、うたができればいいとおもう。

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(のぶ)

2016年2月13日 (土)

やっちゃえサッサン!サッサン、沖縄から帰る

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浅黒く焼けた顔をして、沖縄から帰ってきた

私に会うなり、エディ兄が、

「で、沖縄に永住する気になったか?」と挑発してくる。

(こういう、こにくたらしいことを言わせると、エディ兄は天下一品である)

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エディ兄は、

「のらちゃんが死んで、あたまがおかしくなった」と私のことをおもっているから、

北海道や沖縄へ、鉄砲玉のように飛んでいく私が、

そのまま帰ってこないのではないか、とおもうらしい。

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とある離島の港ターミナルで、

「サトウキビ刈り」の人員募集の張り紙があるのを見て、

あぁ、こういうのもあるなあ、と、ちょっとおもう。

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離島の、とある浜で、夕暮れとき、

若い女子がひとりでジャンベ(アフリカの太鼓)を叩いている。

いちおう、音楽をやっている私は、複雑な気持ちになる。

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軽く声をかける、いつものサッサンができない。

彼女は、「もう、いいや、」と都会から離れ(抜け出し)、

こんな離島で、夕暮れ時にひとり、砂浜でアフリカの太鼓を叩く。

だれにも届かない。彼女ひとりだけの音楽。

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「ほっといて。あたしの勝手でしょ、」

うん。わかるよ。だから、私は声をかけない。

「おれは、ちがうな。」とはっきりおもう。

私は、こうなりたいわけじゃない。

サトウキビ刈りはできない。

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那覇でモノレールに乗る。

那覇のなだらかな丘にそって、家々が密集している。

中央線から見える、中野~杉並の町並みをおもう。

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成田空港に着くころには、夜になっていて、

飛行機の窓から見える東京はぴかぴかと輝いている。

どんだけ!ひとびとが暮らしてんだよ!とおもう。

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成田から、京成電鉄に乗る。

韓国人のわかもの3人組が、日本に着いたばかりで、たのしそうだ。

ひとりが私にむかって、

「この電車は浅草に停まりますよね?」みたいなことを、英語で訊いてくる。

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「いやいやいや、これは浅草には停まらないよ。終点は上野だよ、

浅草に行きたかったら、終点の上野までいって、そこから銀座線に乗り換えるといいよ。」

私は、精一杯の英語で答える。

「そんなはずはない。この電車は浅草に停まるでしょ?」と韓国のわかもの。

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てか。韓国のわかもの(割とおしゃれ)のくせに、

3人が3人して、スマホで調べようとしないのが、ふしぎだ。

きみたちのそういうところ、すきだ。好感が持てる。

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いちいち私に何度も訊いてきたり、

車内の京成線の路線図を3人で必死にみたりして、

やることがいちいちアナログである。

なぜ、スマホで調べない?持ってないのか?使えないのか?

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「日本の電車、まったく、わけがわからない、」といったかんじで

(たしかに、日本人の私でも、京成線のしくみは、いまだによくわからない。)

彼らはまったくあてもなく日暮里駅で降りてしまう。

「おいおい、日暮里下車は、やめとけって!浅草まで乗り換えは難易度高いぞ!」

そうおもった私は、韓国のわかものをつかまえて、

「ここで降りちゃ、ダメだ。終点までいったほうがいい」と強引に車内へ引き戻す。

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京成上野駅の改札で、

ヘンな切符を買ってしまっている彼らのことを駅員に説明して、なんとか通してもらい、

銀座線の改札までの地下道を、韓国のわかもの3人を連れて、ぞろぞろ歩く。

「おれ、なにやってんだろ?」

そうおもいながら、けっこうたのしい。

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歩きながら、「浅草のあと、どこへ行くの?」と私はたどたどしい英語で訊き、

「新宿へ行き、それから横浜です」と韓国のわかものは、流暢な英語でたのしそうに答える。

ふーん。原宿や渋谷には行かないのか、行けばいいのに。と私はおもう。

それにしても、私はもうちょっと英語を身につけたほうがいいな。

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東京メトロの切符の買い方を教える。

浅草行きのホームに行くんだぞ、と教え、

改札の前で、韓国のわかもの、ひとりずつと握手をする

なんかすごい感謝されて、ヘンな輪。

「なんだ?なんだ?」と日本人たちがじろじろながめる。ちょっとはずかしい。

私は「ハヴァ、ナイス、トリップ!」とか言って、笑う。

おれ、チョーシにのってるわ、とおもう。

んかおもしろい。

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しっかし。

あいつら、3人が3人、なんで、いまどきスマホもってないんだ?

実に世話の焼けるやつらだった。

まあ、そこがよかったんだけど。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月12日 (金)

ためしてガッテン!の清水ミチコに感動する

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NHKの『ためしてガッテン!』

牡蠣の特集を観ました。

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清水ミチコさんが、番組途中で、突然、

「あ。そういえば、わたし、家でカキフライを揚げることなんて、ほとんどないわ。

すみません、さっきウソついてました、」

と言い出したのが、すごかった。

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「清水ミチコが家でカキフライを揚げてるかどうか」

そんなこと、べつにどうだっていいことである。

そんな(かなり)どうでもいいことに、NHKの貴重な放映時間を費やしていいのか(たぶん30秒くらいあった)、

なぜNHKはあの部分を編集でカットしなかったのか、疑問におもうひともいたかもしれない。しかし

あれはすばらしい瞬間だった。

あきらかに、番組の進行が停滞して、乱れてしまっていた。

私は、テレビの前で目が覚めた気がして、感動すらした。

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正直にほんとうのことを告白した、まちがいをきちんと訂正した

とか、そういうことではなく、

なんというか、

安定した流れをぶった切った、余計なノイズを入り込ませた、

ということに魅力をかんじているんだとおもう。

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障害を持った方が、バンド演奏のとき、

とつぜん「あうううう~」とマイクで叫びだしてしまうとか、

(おもえば、グリマーズのベース氏もそういうことしますね。)

プリンスが、ハーフタイムショーで、

エレクトリックギターを過剰にブキュブキュいわせていたこととか、

そういう、きちんとした枠におさまらない、余計なもの。ノイズ。つまづき。

そういうことに私は、わくわくしています。

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(のぶ)

2016年2月11日 (木)

やっちゃえサッサン!おもわずちょっと好きになりかけてた彼女と東京で会う

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沖縄 竹富島で、よる、ホタルをさがして歩いた

私がおもわずちょっと好きになりかけてた彼女が、

所用で東京に出てきていて、

明日のよる、ご都合どうですか?とメールしてきた。

あの夜、民宿でいっしょに「ゆんたく」した旅人たちも集まるという。

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すげえな。そういうことって、あるんだ。

おどろく。

その日、私にはばかみたいに労働の山があったのだが、

なんかべつにどうでもいいや、とぜんぶ投げ出す。

(翌日、かなりけっこう怒られる)

おもわずちょっと好きになりかけてた彼女に会いに行きました。

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「お。」

おもわずちょっと好きになりかけてた彼女が、

旅先のラフな格好とちがい、「街ヴァージョン」になっている。

島では性格の良さばかりが目立っていたが、

そういえば、いいおんななのであった。

遅れてきた私は、

彼女のとなりにすわるように言われ、彼女のお酌を受ける。

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あいかわらずの気遣いっぷりを発揮し、

彼女は、場を、うまく和ませていく。

たいしたものだ。

私の話なんておもしろくはないので、私はほとんど聞き役である。

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おもわずちょっと好きになりかけてた彼女の

国籍も肌の色もちがう元カレの話になって、

ゆんたく仲間のスマホで、検索で引っかかった、その元カレの画像をみんなで見る。

米ウエストコーストのラッパー、スヌープ・ドッグみたいな男前だ。こりゃ、かっこいい。

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「いや~、こりゃ男前だね、かっこいいや、すげ~な」

私は素直に感想を言う。

「ありがとうございます。」

妙にかしこまって、彼女はわざわざ敬語でお礼を言う。

元カレをすっかり清算できたゆえの、彼女なりのおふざけ、らしい。

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そのおとこの見た目は、アゲアゲだが、

彼女は決して派手な見た目ではない。どちらかといえば、おとなしい方だ。

まあでも、彼女ならば、これくらいのおとことも、ふつうに渡り合えるんだろうな、と納得。

たぶん、惚れてたのは、スヌープ・ドッグのほうなのだ。

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居酒屋を出ると、東京の夜は寒い。

竹富島で薄着だったみんなは、スーツにコートとか羽織っていて、

まあ、ふつうの東京のひとになっている。

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駅の改札でハグして別れた。

は?ハグ?

おもわずちょっと好きになりかけてた彼女が、両手をひろげて私を迎え入れる。慣れたものだ。

私は、マジか。なんかすげえな、とおもいつつ、

おれの硬くて冷たい、黒革のライダースジャケットをミシミシいわせて、彼女のふんわかしたコートを抱きしめる。

ぎこちない。

おもわずちょっと好きになりかけてた彼女に笑われる。

やっぱり、手とかは大事だよな、とおもう。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月10日 (水)

やっちゃえサッサン!いまやもう完全に惚れてしまっている彼女にでんわする

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「遠距離恋愛をしていて、カノジョが会いたい、と言っている。

にいさんだったら、すぐに行くか?」

「あ、ぼくは、行きませんね。行きません。」

石垣島の私の答え。

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波照間島で出会った、

いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女と

ちょこちょこメールのやり取りはしているものの

関東の郊外と、関西の港街

それぞれの場所に帰った私たちには、いつもの日常がはじまっている。

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いまなら私は

「彼女が会いたいと言っている。のぶだったら、すぐに行くか?」と訊かれたら

「行きますね。行くに決まってるじゃないですか!

会いたいって、彼女が言ってるのに、

行かない、なんて、ちょっとかんがえられないな。」

とか答える。

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私の変わりように、石垣島のおっさん連がよろこぶだろうな。

「だろぅ?、のぶ、

やっぱり、そうだよなぁ!行くよなぁ!」

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そういえば。

石垣島のおっさん連のリーダー格のひとが、

「おれだったら、ピーチ乗ってカノジョのとこ、すぐ行くよ。

いまなら、ピーチがあるじゃねえか。

なあ、のぶ、ほんとにカノジョのとこ、行かねえのか?ピーチがあるのに、」

やたらと「ピーチ」「ピーチ」言っていたのが、おもしろかった。

(注:ピーチ航空 格安の航空会社)

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女に

沖縄から帰ってからはじめて、でんわする。

波照間の写真を送ってもらったお礼、とか。

まあ、彼女の声が聴きたいし。リアルな感触を生きたい。

でも、なんかやっぱりちょっと緊張する。

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「きょうはなにされてましたか?」と彼女

「いぬにいやされてた」と私。

きょうは、親戚の飼っている犬と、都内の公園を散歩して、ドッグランとかでいっぱいあそんだ。

なんか、犬といっぱい触れ合った日だった。

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「そっちはどう?」と私は彼女に訊く。

「ともだちたちと飲んでて、いま、二次会になってる。

あ、さわがしくてごめんなさい、ちょっと待ってて、場所かえます、」

みたいなことを彼女は言う。

たしかに後ろがさわがしい。おとこの声がする。

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彼女のことばつかいが、波照間島にいたときよりも、

やや強い関西なまりになっている。

彼女、こんな声だったっけ?とおもう。

私は話しながら自分の声が、なんか硬いな、とおもう。

おれ、こんな声じゃないのに、とおもう。

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ひとつの話題が終わると、ふっと、沈黙がうまれる。

「私たちにはこの先、もう何もない。おわった。」

一瞬間、私は、絶望的な気分になる。

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私たちにはもっと話すべきことがあり、私はもっと彼女の声を聴いていたい、はずなのに、

一瞬の沈黙におびえ、

「おわりだ。さあ、私から切らなければ、」と気持ちが焦る。と、

彼女が別の話題をはじめてくる。

いいんだ。大丈夫なんだ。

私は気持ちが一気に明るくなる。

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ずいぶん長電話した。

彼女が何をはなしていたのか、やっぱりよくおぼえていない。

声を聴きながら、かわいいなあ~とばっかりおもってるから。ばかだ。

私が話していたことは、きのう入った銭湯の天井が20mはあった、チョー高かった、とか、どうでもいいことばかりだ。

彼女のまえだと、私はどうもふわふわしてしまう。

彼女に会いたい。会いに行きたい。

メールも、電話も、うんざりだ!(それは、大ウソ)

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女

彼女が会いたいって言ってくれたら、私はすぐに行く。すぐだ。ピーチ乗って。

ばかだなあ。すばらしい!

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 9日 (火)

スーパーボウルのハーフタイムショーを観る

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第50回ことしのスーパーボウル、

ハーフタイムショーは、コールドプレイのステージです。

私はコールドプレイが好きです。

レディオヘッドなんかとくらべると、

ちょっとチャらい?とはおもう。

それはわかっちゃあいるんだが、

コールドプレイは、なんか好きです。どうしても好きです。

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コンパクトにヒット曲をちりばめたステージ構成は、なかなかよかったんじゃないか、とおもいます。

ただ、10年くらい前のプリンスの印象が強すぎて、

プリンスのスーパーボウルハーフタイムショー ニコニコ動画 http://www.nicovideo.jp/watch/sm6962601

ブキュブキュ鳴ってた、あばれるエレクトリックギター。過剰なもの。

あれは、ほんっとに、かっこよかった。

あれにくらべると、コールドプレイは、まあ、ふつうでした。

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50回の節目にふさわしく、過去のハーフタイムショーの映像がながれ、

今も現役のひと(ストーンズ、ポールマッカートニーなど)が映し出された後、

ジェームス・ブラウン

ホイットニー・ヒューストン

クラレンス・クレモンズ(スプリングスティーンのバンドのサックス吹き)

そして、マイケル・ジャクソン。

今は亡き、かれらの在りし日の映像がながれたとき、

私はぶわっと涙ぐんでしまいました。

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ホイットニー・ヒューストンがうたっている姿をみながら、

のらちゃんの、とことこ歩く姿がよみがえる。

JBも、ホイットニーも、マイケルも、のらちゃんも

みんな、元気に活動していた。

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みんな死ぬ。

そして、みんな生きていた。

私はいま生きていて、いつか死ぬ。

いまは、まさに私の「在りし日」である。

のらちゃんが私に向かって、とことこ歩いてきた、在りし日が、

いま、ここにある。

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元気に活動しよう。

音楽、ステージ、つくって、うたって、ギター弾いて、

愛して、旅して、飲んで、食べて、

やっちゃえサッサン!とか、なんとか。

そうおもうと、なんか私は元気が出た。

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(のぶ)

2016年2月 8日 (月)

やっちゃえサッサン!『パンクシンドローム』という映画を観にいく

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梶さん&のぶ!

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きのうの熊谷での「サルサガムテープ」のライブに引き続き、

障がい者芸術の関連イベントとして、

きょうは、小江戸・川越。

『パンクシンドローム』という映画の上映会(+梶さんらによるトークショー)に行く。

週末ランニングがてら、

15キロ先の映画館まで、ひとっ走りしてきました。

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北欧フィンランドの知的障がい者によるパンクバンドのドキュメンタリー映画。

それほど期待しないで観ましたが、

予想をはるかにくつがえすおもしろさでした。

とてもいい映画でした。観ることができて、よかったです。

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知的障がいをもつボーカルが、

グループホーム(施設)にうんざりしていて、

「施設を爆破したい、」と言っているシーンでは、

大爆笑しました。

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映画館のなかでバカ笑いしているのが私だけなのが、少し気になりましたが

「施設を爆破」って!

ことばとして、ちょーかっこよい。

なんで、みんな笑わないのだろう?

「あそこは、絶対笑うところでしょう?!」と

私は今でもおもう。

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感動したシーンもあって、

バンドのギタリスト(知的障害をもつ50代男性)が、

「こどもはどうやったらできるのか」

ということをカメラに向かって、私たちに説明していく。

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はじめは手で、性交をあらわす卑猥なしぐさをしているものの、

そのうちに、精子と卵子が受精して、そこからいのちがうまれていく過程を

たどたどしくも、シンプルなことばで、ていねいに説明していく。

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その語りは、もはや詩である。

私たちは、こどもはどうやったらできるのか、ということをだいたい知ってはいるけれど、

そこにあるうつくしさを、なかなかうまく語ることができない。

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おれの精子が~♪、きみの卵子に~♪

なんて私がうたってたら、

「あほか。気持ち悪い、」と無視されるか、

「まじめね。教育テレビみたい、」と冷笑されるだけです。

知的障害をもつひとが、おなじようにうたったとき、

そこには、なにか、神々しいものをかんじるのは、私の気のせいでしょうか。

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ふう。

まあ、いいか。

(い、いいのか!)

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こどもはどうやったらできるのか、を聞いているうち、

愛とはなにか、ということがじんわりと伝わってくる。

感動しました。愛はいいな。

あぁ、私も愛に生きたい。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 7日 (日)

やっちゃえサッサン!サルサガムテープのライブを観にいく

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梶さん!(中央)&佐藤兄弟(左:エディ兄 右:のぶ)。熊谷

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障害をもつひとたちのロックバンド

「サルサガムテープ」のライブに行ってきました。

サルサガムテープでドラムを叩く梶原徹也さん(元ブルーハ-ツのドラム)と、

ひさしぶりにお会いし、ちょっとおしゃべりできて、うれしかった。

やさしい梶さんは、ほんと、にんげんとしてレベルが高すぎ!大好きです。

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2014年・秋、障がい者による芸術のイベントに

グリマーズ連で参加し、

私は、障がい者の芸術って、なかなかおもしろいな、とおもった。

私が、その言動からにんげんとして尊敬するコムデギャルソン川久保玲氏が

アウトサイダーアートに関心を寄せている、と知ったことも、さらに私のおもいを強くする。

そうだ。やっぱり、かっこいいよね、とおもう。

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この日の出演バンドは、音楽のかたちとしては、

健常者のバンド演奏に、

障害を持ったひとたちが、太鼓などで、それに合わせる。

少しことばは悪いが、

ある意味、予定調和的なところは、正直、ある。(ごめんなさい)

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私は、たぶん、基本的にパンク精神を持ち合わせているから、

障がいをもった方が、ステージ上でとつぜん、

「あうううう~」とかマイクで叫んだりする事件性が、

いいねえ。と素直におもう。おもしろい。素直にグッと来る。

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叫びたいとき、叫びたいタイミングで

ことばにならないことを発声することは、

すごくパンクだし、音楽的だとおもう。

それが絶好のタイミング、絶妙の叫び声だったとき、

健常者とか、障害者とか、かんけいない。

いいものはいい。それだけのことだ。

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理想を言えば、

演奏をぜんぶ、障害を持ったひとたちだけで成り立たせることができれば、一番良いと思う。

それがお金を払ってでも観たい芸能になるか、

そこがむずかしいところではあるけれど、もしかしたら、

お金なんて、芸術にとっては、どうでもよいことかもしれず、

お金を払ってでも観たい芸能であるか?

そんなこと知るか!って言ってみたい。

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もし、障害をもったひとたちだけのバンドが、

健常者たちの価値観からは完全に自由で、

自分たちの出したい音にだけ集中し、熱心に音を出していたら、

その音楽は、まるで未開の原住民の民俗音楽を「発見」したかのような、

目新しさと驚きがある、かもしれない。

(アウトサイダーアート、絵画ではすでにそれが認められている)

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それが、いいものかどうか、すきかきらいか、は

この際、どうでもよい。

私たちの世界にはこういう音楽もある、ということだ。

そういうことが、多様性をみとめる社会だと、私はおもう。

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う。

まあ、いいか。

(い、いいのか!)

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熊谷のまちを歩く。

サルサガムテープを観にライブハウスに行く途中、

モルタルレコードの二階で、クリトリックリスのライブが、その夜ちょうど行われることを知り、びっくり。

私が最近、ライブ観た中でいちばん良いと思った、大阪のクリトリックリスさんが、

よりによって、埼玉県熊谷という辺鄙なところにきていて、

そこを私がたまたま通りかかった、という奇跡的な偶然に

ちょっと興奮し、コンビニへ行って、ビール2本買って、

「これ、差し入れです。」とモルタルレコードのひとに預けた。

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自分でも、「おれ、なにやってんだろ?」とはおもっているが、

こういうなりゆきに、

通りすぎず、ちゃんと、のっかっていく。

結局、会いもしないクリトリックリスさんに向けて、

「応援してます。がんばってください」なんて書き置きして、

なんか私はたのしい。八重山諸島の旅がまだつづいている。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 6日 (土)

やっちゃえサッサン!波照間港で彼女と別れる

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ニシ浜 波照間

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波照間島の朝。

宿のクルマで、港まで送ってもらうことにした。

いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女が、

「わたしも乗っていきます、港で見送りますね、」と

淡い関西なまりで、私にそう言う。

マジかマジかマジか。マジか!

朝になっても、もちろん、彼女はめちゃかわいい。

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女と私

ふたりで後部座席に座って、

私たちはなにを話していたんだっけ?

もっといっしょにいたい。もっといろんな話をしたい。

波照間島はなんて小さいんだろう。

宿から港まで、クルマで、あっという間に着いてしまう。

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桟橋ターミナルの待合所(シブい空間)で、

私が奥のトイレから戻ってくると、

いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女が、

売店にいるのがみえる。かっわいいなあ。

私は、彼女のカレシではないし、

彼女めがけて、15メートルほどの距離を一直線に、親しげに近づいていくことに、

まだ(まだ?)、不自然さをかんじざるを得ない。

不自然さが出ないように歩いているが、はたしてうまくいっているだろうか。

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女は

波照間の白黒の写真集をぱらぱら立ち読みしている。

「あっ!それだよ!

その写真集を図書館で偶然みて、おれ、

波照間にくることにしたんだよ、」と彼女に話す。

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のらちゃんがいて、

図書館に波照間の写真集があって、

石垣島のそば屋で、ゆめみたいなオーラを持つ、すごくきれいな波照間の女性と会って、

波照間のニシ浜で出会った、かわいらしい女性に

ぜったい一泊するように勧められて、

いま、私はここにいる。

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出航の時間まで、まだ余裕があったので、

待合所から、外に出て、

朝の港をふたりで少し歩く。

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港の先の防波堤のところで、引き返す。

あるきながら、私たちは何を話していたのだっけ?

どこまでも港がつづいていて、きみとずっといっしょにいられたら、

さすがにそんなメルヘンちっくなことはおもわなかったが、

朝一番の、船が入ってくるとき、波照間港に入港してきたのを見て

「あぁ~、帰りの船が来ちゃったよ、」とは

すげえ、おもった。

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いまやもう私が完全に惚れてしまっている彼女と

握手をして、別れた。

そのとき、何を話していたんだっけ?

おぼえてない。彼女の手がおもったよりちいさかったことはおぼえてる。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 5日 (金)

やっちゃえサッサン!サッサン、そして恋に落ちる

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八重山そば。 波照間

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「あ、そろそろ、星、見にいきませんか?」

彼女は淡い関西なまりで私にそう言う。私たちは

飲み屋から、星を見に、いったん外へ出る。

集落から離れていく

しばらく歩いていく、と

サトウキビ畑が広がっている。

「なんにもない」波照間の夜は、

ほんとうにまっくらだ。

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さっき、はじめて、同じ宿で出会い、

ご飯を食べに、ふたりで飲み屋に来た。

飲んで食べて話しているうちに、

ぐんぐんぐんぐん彼女のことが好きになっていって、

いまや、もう、私は、完全に惚れてしまっている彼女と

私は夜道を歩きながら、夜空を見上げて

「南十字星は、どれ?」なんて言いながら、

星なんて、もうどうでもいい。

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いまや、もう、私は完全に惚れてしまっている彼女に

ふわふわふわふわ、私は浮かれてしまっている。

まぼろしの泡盛といわれる、波照間産「泡波」も飲みすぎている。

でもやっぱり、彼女はかわいすぎる。

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波照間のまっくらな夜道をあるく。

どこかへ向かっている、途中。

波照間なら見えるはずの、南十字星が、私にはみえない。

まったく、信じられない。

彼女はものすごくかわいい。そして高校野球が好きだ。

なんてことだ!

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 4日 (木)

やっちゃえサッサン!日本最南端に立つ

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日焼けサッサン。日本最南端の碑 波照間島

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波照間で今夜泊まる宿を決めた。

宿に荷物を置いて、自転車を借りて、

ひゃっほー!

波照間島を走り回ります。

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「波照間には、なんにもありませんよ。」

昨夜、石垣島で、ゆめみたいなオーラをもつ、すごくきれいな女性にいわれたことが、

いまは、私にはよくわかる。

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波照間島でまず行くべきところは「日本最南端の碑」でしょ、なんておもっている限り

波照間は、なんにもない土地でしかない。

(日本最南端の碑自体は、ある意味、島でもっともつまらないところだとおもう。

ここが日本の最南端。で?、という感じ。

その先の断崖絶壁を歩くのはすごくよかった。危険だけど。)

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でも、たとえば、

波照間の写真集でみたような、波照間の森、茂み、石垣、岩、海岸、断崖に、

厳かな気分をビビッとかんじたとき、

いまも波照間にはなにかがある、とずっとおもいつづけることになる。

なんにもない、どころじゃない。

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いまも、波照間にはなにかがある。

ゆめみたいなオーラを持つ、すごくきれいな彼女には、

そんなことわかりきっているはずだが、

ふらっと店にやってきた客なんかに伝わるはずがないとおもっていても、無理はない。

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私がもっともゾクゾクッとして、感動した場所はどこか

ガイドブックにも載っていないところであるし、

ここでは、あえて書かない。

私はちょっと波照間に惚れてしまっているから、

「あえて書かない。」なんてことを、わざわざ言う。

あのビビッ体験は、「情報」としてだけ消費されていいものじゃない。

つまりそういうことが言いたい。

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おいおい、サッサン、大丈夫か?

ス、スピリチュアル?

サッサン、なんかおかしなことになってないか?

安心してください。私はいたって、大丈夫です。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 3日 (水)

やっちゃえサッサン!波照間島へ行く

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サッサン! ニシの浜 波照間島

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ついにやってきました、南のはての波照間島。

来たはいいけど、帰れるか。

船がいつ欠航になるかもしれない。

へたしたら、島からずっと出られなくなる。それが心配です。

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「きょうの最終便の船に乗り、日帰りで石垣島にもどるのが無難だよなあ、」

波照間の朝。ニシの浜。快晴。

こんなきれいな砂浜を歩きながら、

帰ることをぐだぐだかんがえている。どこか、おちつかない。

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ひとりのかわいらしい女性が、砂浜を、はだしで、あるいてくる。

「こんにちは。」 声をかける。

彼女は、この島のひとで、話していると、

「きょう、あしたの波なら、たぶん船は出ますよ。

できれば、きょうはこのまま島に泊まって、今夜の星空をみていったほうがいい。

絶対、そうした方がいいです。」

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こんなにもはっきりと言えるなんて、すごい。

わかった。私の思いは固まった。

波照間島に泊まります。

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なりゆき。

私はただ、なりゆきにのっかっている。

でも、なりゆきには、ちゃんとのっからないといけない。

「これだ!」とおもったものに、すぐ、ちゃんと、飛びつく。

「はずかしさ」「みっともなさ」「そこに何の価値があるか」、

そういうかんがえにとらわれてしまわず

まあ、たいていは、「えいっ!」と思い切って

「いちばん素直なところ」に、なりゆきにのっかっていく。

だいじょうぶ。「えいっ!」といってみよう。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 2日 (火)

やっちゃえサッサン!ゆめみたいなオーラのあるすごくきれいな女性に会う

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島らっきょう&泡盛(宮乃鶴)

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今回の旅では、

八重山そば(またはソーキそば)をいっぱい食べようとおもってる。

いろいろ食べてきて、今晩のお店は、当たりだった。

(私はスマホをもっていないから、ぜんぶ行き当たりばったりである)

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このお店のそばは、やさしい味で、濃い味でごまかしてない。

「これはきちんとつくっているなあ、」と感じる。

この店なら、なに頼んでも、たぶんみんなおいしいだろう。

というわけで、そのまま呑みに移行することにした。

ケーキ食べてから、そば食べてから、晩酌。(すごい順番だ)

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「明日はどちらへ?」と訊かれ、

「今日、船の欠航で行けなかった、波照間島へ行こうとおもってるんです。」

私はカウンター越しにお店の女性(すごくきれいな女性)にそう言うと、さらにチョーシに乗って、

なぜ私がそこまで波照間島にこだわるのかを話し始める。

泡盛を飲み、いい気分になっている。

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沖縄に来る前、

図書館でふと、1960年代の波照間島の風景をうつした白黒の写真集があって、みていたら、

波照間島はかっこよいのだ。

波照間には美しく、かっこいい女性たちがいる。

荒々しい自然があって、神様がいる。

そういう土地らしい。かっこよい。

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そんなことを店のすごくきれいな女性に熱っぽく話していたら、

「波照間には、なんにもありませんよ。」と彼女は言う。

私がたまたま入ったお店であり、たまたま、

そば食いから、泡盛飲みに移行し、長居しているだけの店だったが、

その女性は波照間の出身だという。

あぁ、そうだったのか!

ゆめみたいにオーラのある、すごくきれいな女性だ。

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あぁ、やっぱり、波照間にいかなくっちゃいけないな、

私は強くおもう。

「波照間には、なんにもありませんよ。」

彼女は一度ならず、二度、三度言った。

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私は、ただのばかみたいにみえるだろうけど、

なんにもない土地に向かって、

「なんにもないじゃないか、」なんておもわない気はしている。

そういう私のまごころが伝わるといいなあ、とおもいながら、カウンター越しに、彼女と話し続ける。

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「どうか、波照間に行ってきてください、

明日はたぶん波はおさまるでしょう。船は出るはずです」

ゆめみたいにオーラのある、すごくきれいな女性に言われて、店を出る。

私はうれしかった。

また、つながっちゃったなあ、とおもった。

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

2016年2月 1日 (月)

やっちゃえサッサン!ケーキ屋でクラシックゲームをみつける

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苺のショートケーキ&コーヒー 石垣島

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西表島で一泊せずに、最終便のフェリーで、石垣島までもどってきた。

明日はできれば、南のはての波照間島へ行きたい。

船が出るか、まったくわからないけど、

朝から石垣港の離島ターミナルでスタンバイしておこう。

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さて。今夜はどこで飲もう(食べよう)か?

昨夜の店にいけば、料理はうまいし、マスターとおかみさんとの語らいは和やかだろう。が、

また、常連らしき、おもしろおっさん連にからまれて、

「お!のぶ、きたか!まあ、こっちこい、のぶ、カノジョできたか?」

今夜もそうなるに決まってる。たのしそうだけど。ううむ。

今夜はちがう趣向がいいな。

繁華街をあてもなく、さまよう。

(まだ今夜の宿も決めていないのだが)

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横浜中華街のように、

沖縄料理を店前にアピールしまくっている店には、入らない。

なんというか、ひかえめに、ふつうに、きちんと地元の料理だします、

そういう店がいい。そういう店はなかなかない。

私はめんどくさい人間である。

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これといった決め手もないまま、

一軒のシブい洋菓子店のまえで立ち止まる。

石垣島のケーキ屋さんの、苺のショートケーキを食べてみたい。

午後7時。

すっかり呑む気だったのに、急遽、スイーツタイムに変更。

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「ごめんください、」と店内に入ると、

いまどきの、こじゃれた「パティスリー」ではなく、

あくまでオールドタイプの「洋菓子店」の感じがいい。

こういう店の生クリームが、たまに、「大当たり」だったりするのだ。

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ん?、え?

イートインコーナーの仕切りに、

1981年、コナミ社から出た「スクランブル」(名作グラディウスの元となったゲーム)

テーブル型アーケードゲーム機が、さりげなく置いてあり、

「スクランブル!じゃないですかっ!」と私は石垣島でおもわず叫ぶ。

ばかだ。

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「これ、電源入るんですか? ゲームできますか?」

まさかこんなところで「スクランブル」のテーブル型に出逢うなんて。

50円玉もってたっけ?興奮をおさえられない。

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「え?よく、わかりません。たぶんダメですよ、」

困った顔して、ケーキ屋の女性はそんなことを言う。

「いやあ、これ、ずいぶん古いゲームですよね。なつかしいなあ、やりたいなあ、」

とかなんとかいって、じりじり迫ってみるも、

女性はゲームの電源を入れることはない。

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石垣島の苺のショートケーキはなかなかうまかった。

生クリームが素直な味でおいしい。

これなら、モンブランとかチーズケーキとかもおいしそう。

どれも安いし、バカ食いする価値はある。

スイーツバカ食い?どうしよう?

てか、おれの今晩の夕食、なに?

そういうことって、あるよね!

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(のぶ)

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