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2016年3月

2016年3月31日 (木)

サッサン、関西へ行く JR大阪駅で待ち合わせをする

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大阪へやってきました。

大阪では、ANATAKIKOU(アナタキコウ)の松浦さんと会うことになっています。

大阪に疎く、大阪に気後れしてしまっている、大阪ビビリの私に、

わざわざJR大阪駅まで迎えにきてくれることになりました。

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改札をでると、そこは「中央改札」とあるので、

松浦さんに電話をかけて、「中央改札にいるよ、」と伝えるも、

「大阪駅に中央改札などありません。

のぶさん、どこにいるんですか?

そこ、ほんとに大阪ですか」

とまで言われます。

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ここはたしかに「中央改札」とあるけれど、

大阪に暮らす人が、そんなものはない、と言う以上、

ないのかもしれない。

大阪、もう私にはなにがなんだか、わからない。

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「とりあえず、ほかに中央北口と中央南口というのがあるみたいだけれど、」と言うと、

「じゃあ、北口に行ってください」と松浦氏は言う。

なんか、中央ばっかりだな、とおもいながら歩いていく。

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北口に向かうと、吹き抜けの空間がひろがる。

エスカレーターがうごき、ひとびとが行き交う。

私はいまから、どこのフロアにいくべきで、

どこが松浦さんのかんがえる北口なのか。

これもまた微妙な、北口のセンスが問われる、ニュアンスのもんだいなんじゃないか?

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とりあえず、エスカレーターに乗ってみる。

あ、そうか。大阪は立つ位置、逆なんだっけな。

ベタな「あるある」にのっかるのも、なかなかたのしい。

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上にあがってはみたけれど、

この広場が中央北口だと全然おもえない。

そもそも、「改札口」はどこへいったのだ?

でも、地元の人の待ち合わせポイントっぽい気はする。

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一瞬、声をかけそうになった

松浦さんにどことなく似ている男性が突っ立っていて、

そのひとは間違いなく松浦さんではないが、

あと10分くらい待ってみて、まだ松浦さんがここにやってこなければ、

松浦さんにどことなく似ている男性に、

「ここはどこですか?」と訊いてみようかとおもう。

そうしたら、

ANATAKIKOUの松浦さんがやってきた。

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(のぶ)

2016年3月30日 (水)

サッサン、関西へ行く 天橋立を歩いて渡る

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ゴミ拾いサッサン。天橋立。

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伊根から乗った路線バス、運転手さんに、

「にいさんが降りたい言ってたのは、ここですよ、」とマイクでとつぜん言われ、

うとうと眠ってた私は、飛び起きて、あわてて降りたら、

マフラーを置き忘れてきてしまった。

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天橋立を歩いて渡ろう、はじまりに、

はっ!マフラーがない!気づき、

マジかよ。がっかり。テンションがた落ち。

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こういうときは、なんかいいことでもすっか。

カラムーチョの赤い袋がゴミで落ちている。

目に付く。カラムーチョ。拾う。

なんか、おれ、この旅で、ゴミ拾いばかりしてるな。

まったく、おれ、なにやってんだろ。

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天橋立には、京都市内から遠征してきたらしき、外国人観光客も多い。

そんな外国人には、

ゴミを拾って歩く私がどのようにみえるのだろう、とおもいながら、

天橋立をゴミを拾って歩く。

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日本人観光客には、

「あのひとは、ちょっとイっちゃってるひとだから、かかわらないほうがいいわよ、」

そんな感じでみられているのかもしれない。

慈善活動、ボランティア精神あふれちゃって、空気が読めてないおとこ、って、

なんというか、あれですものね。

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でも。

私の動機は、きわめて不純だし、

そもそも私は、ゴミ拾いを本気でやっているとはおもえない。

どこか、遊びでやってるのである。

遊びでも、実際、ゴミ拾ってんだけどね。

そこが、ややこしい。

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という写真。

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ちなみに。

ゴミ拾いの甲斐あってか、

マフラーは無事、みつかり、バス会社のかたが、

サイタマの私のうちまで、送ってくれました。

めでたし。めでたし。

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(のぶ)

2016年3月29日 (火)

サッサン、関西へ行く 日本海 定置網漁の舟に乗る

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舟屋。 部屋からの眺め。

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あさ6時

漁師のご主人から、

長靴、救命ベスト、漁師専用合羽、ヘルメットが渡され、

コスチュームプレイ?に、テンションが上がる。

「漁師サッサン」のできあがり!

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「漁師サッサン」

写真に残せなかったのは、ほんとうに残念。

でも。

ただでさえ、寡黙なご主人であるのに、

漁に出るまえの準備、ピリッとした緊張感がハンパなく、

サッサン、完全におじけづく。

無邪気に「ケータイで私の漁師姿を撮ってください、」なんてゼッタイいえない。

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おまけに、

ご主人の弟子みたいな、歳若い屈強な男性も舟に乗ることを、出航直前に知る。

てっきり、初老のご主人と私と、ふたりだけで、定置網体験ツアー風、観光みたいなものだとおもってた。

「マ、マジの、漁じゃないか。」

さらに緊張は高まる。

でも、

マジ漁のほうが断然たのしいのは、言うまでもない。

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出航。

「前のほうにいて、」とご主人がそれだけを言い、

私は、あさの日本海にむかって、舟の船首、真ん前に突っ立つ。

タイタニックサッサンのできあがり。

「あ~、きもちいい、最高ッスね!」と無邪気に言いたいところだが、

ご主人もお弟子さんも、ふたりはこれから仕事に向かっているのである。遊びじゃねえ。

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まず一つ目の漁場に着くと、

ふたりの漁師は、なにも言わず、黙々と作業をはじめる。

私はとにかく、ふたりの邪魔にならないような位置取りをし、作業をみつめる。

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昨晩のごはんには、カレイの刺し身が出て、

身が引き締まっていて、味わいがある。

うまい。うますぎる。

宿のおかみさんに

「すっごいうま~い。私がこれまで食べたカレイのなかで、

いちばん美味しいです。」と言ったら、

「そら、朝まで泳いではったからなあ、」とおかみさんは言う。

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「どうか、(私の朝ごはんになる)カレイが掛かっていますように。」

そう念じながら、網があがってくるのを見守る。も、

網には、小アジばかりが掛かっていて、大物はいない。

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二つ目の漁場にいく。

出航からこれまでに、ふたりの漁師は、一言も話していない。寡黙すぎる。

もちろん、私にも何も話しかけてこない。だから、

この不漁の原因が、

わけのわからない男(サッサン)がこの舟に乗っているからだ、と漁師のふたりに思われてたら、どうしよう。

日本海。漁師のふたりは寡黙すぎる!

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モーターがまわり、ご主人が網を引き揚げ、

定置網が水面にあがってくる、

「どうか、大物が掛かっていますように…。」

もはや、私にとっても、遊びじゃなくなってきたな、これは。

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朝食では、またカレイの刺し身が出た。

きのう、カレイのうまさに、あまりに興奮していた私に、

おかみさんが気を遣ってくれたのだろう。

でも、今朝の網にカレイは掛かっていなかったのを私は知っている。

昨夜食べた、カレイの刺身の、感動的な鮮度・美味さは、ずいぶん後退してしまっていて、

海のないサイタマで今までおいしく食べていたカレイみたいになっていて、

これは昨夜のカレイ(と一緒に網に揚がったもの)なのかもしれなかった。

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そのかわり、

イカの刺し身があって、

私はたしかに、網にイカが掛かっていたのを目にした。

ぷりっぷり。

そりゃあ、うまかったのなんのって、

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(のぶ)

2016年3月28日 (月)

サッサン、関西へ行く 京都・伊根の舟屋に泊まる

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サッサン。 京都府 伊根町(左端に舟屋がみえます)

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むかしむかし。

NHK朝の連ドラで、『ええにょぼ』というのがあって、

私はそのドラマが妙に好きだったことを、いまだにおぼえてる。

ヒロインの若き戸田菜穂もすきだったが、

舞台となっていた京都の、日本海に面した伊根というところが、なんか忘れられない。

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いつかは行きたいなあ、とぼんやり思い続け、20年。

20年前のドラマの舞台をまだおぼえてる。

『ええにょぼ』の伊根はそれくらい、よかったのだ。

永平寺のつぎはどこへ行こうか、かんがえたとき、

「あ。ええにょぼのところに行こう!」と思いつく。

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西舞鶴で乗り換え、京都丹後鉄道に乗って、天橋立へ

天橋立から、さらに路線バスに乗って、

夕方に、やっと伊根にたどりつく。

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伊根といえば、舟屋の集落である。

舟屋とは、

家屋の一階部分が、そのまま海につながっていて、舟のガレージみたいになっている。

二階の窓からは、海がすぐそば。

その舟屋に宿泊する、のである。

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私の泊まった舟屋は、まさに漁師さんがやっている宿で、

漁師さんの獲ってきた魚介が、ご飯で出される。

なんか、もう、ゆめみたいだ。

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伊根に着いたのが日暮れだったので、

まちの中心まで、クルマで迎えに来てもらった。

漁師のご主人の運転するクルマには、

「香西かおり」が流れていて、

演歌が好きな私には、その声が香西かおりだと分かるし、

次に流れた曲も「香西かおり」だったから、

これは香西かおりのアルバムなのだな、と推測できる。

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「香西かおり、好きなんですか?」と訊くも、

「いや、CDが入ったままになってるだけや、」みたいなことを漁師のご主人は言って、

さりげなくボリュームを落としてしまう。ああ。

「いや、ぼく、演歌好きなんですよ、ついつい、すみません。」と

私は、初対面でいきなり踏み込みすぎたことのお詫びを言う。

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サッサン、ちょっとうまくいかなかったねコミュニケーション。

漁師のご主人は、決して無愛想というわけではなく、

余計なことは言わない感じ?なのかな、とおもった。

寡黙な漁師。まさにそんな感じである。

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夕食後

急遽、おねがいして、

その漁師のご主人と、

次の日のあさ、舟に乗せてもらって、

日本海での定置網漁に同行させてもらうことになった。

マジか。

ああ、ゆめみたいだ。すばらしい。

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(のぶ)

2016年3月27日 (日)

サッサン、関西へ行く 若狭湾を電車旅する

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オバマ駅!

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福井から、

まずは、京都の日本海側のまち、西舞鶴をめざします。

日本海・若狭湾に沿っての、電車旅。

ああ、たのしい。

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途中、敦賀で途中下車。

名物の、敦賀ラーメンとソースカツ丼。

約60分の乗り換え時間のあいだに、

二軒の店を探して、両方食べるのだ。

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ラーメン食べた5分後、

さらに次の店に駆け込み、ソースカツ丼を食べていると、

永平寺の精進料理で、身体の中から清らかになっていた

ナチュラルのぶくんが、

ラーメン二郎が大好きな、ジャンクフードサッサン、

「肉と油の世界」にいらっしゃませ

俗世というか、現実に戻ってきたなあ、とおもう。

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JR北陸本線では、女子高生がかわいい。

福井駅のエスカレーターで、なぜか派手にすっころび、

手から地味に流血し、血が止まらない私に、

ボックス席の向かいに座る、かわいい女子高生が、

「大丈夫ですか? これ、使ってください、」とバンドエイドをくれる。

マジか。

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そういう展開を期待したが、

北陸の女子高生は、かわいいけど、

そういうことは、とくにしてくれないみたいだ。

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JR小浜線では、

おばあちゃんが、ほかに席はいっぱい空いてるのに、

なぜか私のとなりに座ってきて、

耳の遠いおばあちゃんと、大声で話す。

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私のポケット時刻表で、おばあちゃんの降りる駅の到着時間を調べて、

「おばあちゃんの駅に着く前に教えてあげるから、ゆっくりしてていいよ、」と言うも、

若狭湾をはしる電車にゆられながら、

私のほうが、なんだか気持ちよくなってしまって、

うとうと寝てしまう。

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(のぶ)

2016年3月26日 (土)

サッサン、関西へ行く 永平寺での修行を終える

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修行終えたサッサン。 大本山永平寺。

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座禅は、朝昼晩で、2時間×3セット(マジか)、

精進料理は、おかゆとたくあんだけ(マジか)。

あさ4時に起こされて(マジか)、

お勤めとして、長い回廊を雑巾掛けする(マジか)。

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ケータイ、スマホなんて、もちろん入門時に没収(マジか)、

なにもない部屋で、ただ静かに過ごす。

山の下(世間)で何が起ころうが、知らない。

(この日はベルギーでテロが起こっていたらしい。そういうこと。)

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寺の中で行われることに、いちいち、

「う。 マジか。」と思いたい。

そんな修行が、したかった。ミスターストイック。

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大本山 永平寺、一泊二日の修行を終えました。

「修行」とか、私はふざけていってますが、

ただ禅寺に泊めてもらった体験、くらいなもので、

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前述したような「厳しいこと」は、まったくな~んにもなく、

・暖房が効いた18畳の部屋にひとりきり。快適そのもの

・精進料理は、おかずがいっぱい。美味しかった。

・大浴場はきれいで、きもちよかった。

・座禅は、わずか30分。

・お勤め(お掃除など)は、なし。

これじゃ、ネタにならないじゃん!ばかりおもってた。

ミスターストイックの私には、ちょっと物足りない。

(3泊4日の参禅は、もっとハードらしい)

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せめて、ケータイ・スマホは没収して欲しかったな。

だから、私はあえて、自分でケータイの電源を切り、

窓から聞こえる滝の音・山の音をずっと聴きながら、

ひとり、部屋の中で、ぼーっとしている。

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わずか30分ほど行われた座禅では、

肩にピシャリ!(警策)を、

あえて自分から、修行僧の方におねがいして、打ってもらう。

猪木に闘魂注入される、お調子者の気持ちがわかった。

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トイレのスリッパはきちんと揃える。

市民プールやスーパー銭湯のトイレのスリッパに対して、

普段はこんなこと、絶対に、絶対しないが、

私はいま、大本山 永平寺にいるのである。

誰がみてなくても、あえて自分からスリッパをきちんと揃える。

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なんというか、

自分からやらなければ、修行にならないのかも、

そうおもった。

それはそれで、なかなか深い話ではある。

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ただ、私の場合、

これらのことはすべて遊びかもしれない、

というところが、ややこしい。

自分でもどこまで本気でやってるのか、よくわからない。

修行は奥が深い。

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夜9時には消灯。

全然ねむくない。ヒマだ。

「歌詞でもつくるか、」

持参した創作ノートをひろげるも、なにも思い浮かばず。

永平寺で、愛のうたがつくれるのか?

つくれるだろう。どこだって。いつだって。

私に愛がある限り。な。

私には修行が足りないのだ。

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ヒマだ。

床の間に置いてあった、宿泊者(感想)ノートを読む。

「みんな、まじめで、真剣なんだな~」とおもった。

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あさ5時

山のてっぺんの大本堂でおこわなわれる法要に向かう回廊を歩く

3月の早朝、きりっと、さわやかな山の空気を吸いながら、

回廊、木板の長い長い階段を、一段一段、のぼっていく

若い修行僧のあとを、

私ほか、6人の参加者男女が一列になって、黙ったまま、つづいていく。

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いま自分が、どこかに移動している、わくわく感。

回廊、廊下を歩く、エンターテインメント性、

あぁ~、この移動は、TDL超えてる!とおもったよ。

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「移動しているときにかんじる、うきうき感」が大事なんだよな、。

目的地よりも、その移動、

それが大事。

ん?

おれは、なにかを悟った、のかもしれないな。

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あさの法要

200人くらいが一堂に会した

(雲水と呼ばれる)若い修行僧のなかに、

たまにイケメンや、かわいい男の子がいたりして、

私はそういった趣味はないけれど、

雲水さんが通り過ぎると、襞のある法衣から、お香のいい匂いがして、

きれいな青い坊主頭をして、法衣をまとった雲水さんは、

やっぱりおしゃれで、うつくしい。

かれらが、低い声で、いっせいに、お経を唱える。

法要のエンタメ感、ハンパない。

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(のぶ)

2016年3月25日 (金)

サッサン、関西へ行く 永平寺で禅寺修行する

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修行前のサッサン。永平寺入り口。

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新聞小説で。

夏目漱石の『門』が連載されていて、毎日おもしろかった。

主人公が鎌倉の禅寺に修行に行く、ということになって、

「あ、なんか、いいかも。」とおもった。

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修行。

とかいって、私の場合、とくに深い意味はありません。

泣いてばかりの私、もうダメ、宗教にすがりたい、

とか全然ないです!念のため。

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私にとっては、禅寺修行とは、

ちょっとラグジュアリーじゃね?なんかセレブっぽくね?

そんなおしゃれで軽い感じです。

関西へ行く途中、ちょっと福井県にも寄ってみようかな、

話のネタにもなるし、そんな感じです。

(不謹慎。)

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写真。サッサンの右手の白いビニール袋には、

来るとき途中下車した、

福井県 敦賀市の洋菓子屋の

苺ショートケーキとアップルパイが入ってる。

「さすがに、こんなスイーツを禅寺に持ち込んだら、ダメだろうな、」とおもい、

さて、入門前に、どこで食べようか、かんがえてる写真。

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ただ。

私は、精進料理とか、座禅とか、お勤め(掃除)とか、

ミスターストイックなこと、そんなにきらいじゃなくって、

ヘラヘラしたきもちで、禅寺に向かっているわけでもない。

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修行が厳しければ、厳しいほど、話のネタになるし。

そうおもう私は、不純なのかもしれない。

でも。

えちぜん鉄道 永平寺口駅から、山の上にある永平寺まで、

約8キロの上り坂を、バスに乗らず、私は1時間半かけて歩いてきたのである。

路上、目に付いた、空き缶やペットボトル、ごみを拾いながら歩く。

それくらいしたほうが、修行っぽくって、いいかな、とおもった。

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まったく。あほか。

自分でも、どこまで遊びで、どこから本気なのか

よくわからない。

おれ、なにやってんだか。

でも、たのしい。

いざ、ミスターストイック!

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(のぶ)

2016年3月24日 (木)

サッサン、関西へ行く  福井市 フェニックス通りを歩く

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フェニックス通り。 福井地方裁判所まえ

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福井市には、「フェニックス通り」という名の通りがある

駅構内で周辺地図をみたときから、

私はずっと気になっている。

『武州オンザロード』歌詞で使っているように、

私は「フェニックス」ということばが好きなのである。

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駅から、導かれるように、フェニックス通りへやってきた。

なんとなく歩いていると、

去年の、3月23日のお昼前

のらちゃんが息を引き取った時間がちかづいてくる。

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ついにそのとき

フェニックス通り沿い裁判所前の広場で、

私は立ち止まり、

誰もいないし。ひとりで黙とうをする。

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もちろん、ちょっと気持ちわるく、異様だ。わかってる。

ま、誰もいないし。

一分でいい。

この時間を、立ち止まって、目をつむる以外に、

ほかに、なにをしようというのか

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のらちゃん。

おれ、いま、

福井のフェニックス通りというところにいるよ。

まったく。こんなところで、なに、やってんだか。

でも。これでいいんだよね?、のらちゃん。

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「フェニックス通りって、名前の由来はなんなのか?」

うちに帰ってから、インターネットで調べれば、きっと出てくるだろう。

そうはおもったけど、

福井駅に着いた私に、いろいろ親切におしえてくれた

駅の観光案内所の女性に直接訊きたい。

ふたたび立ち寄ってみる。

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観光案内所の女性は、やっぱり、ちゃんと由来を知っていて、

それはつまり、こういうことになる。

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1945年7月、戦争末期、軍需産業が盛んだった福井市は、

米軍による大空襲を受け、壊滅的な被害をうけた。

それはひどいものだった。

戦争が終わり、なにもなくなった福井の町は復興に向けて、なんとか歩み出す。

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ところが、大空襲から3年後

(3年かけて)復興しつつあった福井市に、

福井大地震(震度6)が起こる。

町はふたたび壊滅的な状況となる。

ひとびとのこころをくじく、それはひどいものだった。

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さらに、大地震から一ヵ月後

福井市に、こんどは河川の氾濫、大洪水が襲いかかる。

町はまさに壊滅的な状況となる。

それはひどいものだった。

それでも、ひとびとは復興に向けて動き出す

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フェニックス!

考えていた以上の「由来」が返ってきて、びっくり。

そのはなしを聞いているうちに、

福井の人々が苦難のたびにそれを乗り越えてきたことをおもい、

私はなんだかアツいものがこみ上げてきて、

うるうるきてしまっている。

福井駅の観光案内所。

ここは、べつに泣く場所なんかじゃないが、

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何度も壊滅的な被害、街の死をむかえながら、

それでも、不死鳥のように、何度でも生き返る。福井。

話す女性も、だんだん熱が入っているようだし、

聞いてる私も、だんだん熱が入ってきて、

もはや泣きそうだ。(てか泣いてる。)

なんかふしぎな一体感が生まれている。観光案内所。

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「ここで仕事してて、フェニックス通りのことを訊いてきたのは、

あなたが初めてでしたよ、」と

女性はなんだかうれしそうに言う。

ふつう、ひとは駅の観光案内所で泣かない。

『ルアーブルの靴みがき』を観たときのような、

「生き返る」ということに立ちあえた気分。

おもわぬ展開に、私も、とっても、うれしくなった。

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(のぶ)

2016年3月23日 (水)

サッサン、関西へ行く  あさ、名古屋に着く

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JR名古屋駅!

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「ムーンライトながら」という夜行列車に乗って、

関西に行こうとおもってた。しかし

昔とちがって、いまは超人気列車になってるらしく、

すでに満席とのこと。

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私は、どうしても23日の午後には

福井県にいなければいけない。

深夜バスに乗ることにします。

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で。早朝

着いたのは名古屋。

名古屋には私のともだちが住んでいて、

ともだちが仕事に行く途中に、

15分くらいでも会えないかなあ、」ふと、おもったけれど、

早朝6時に呼び出すのは、さすがにムリで迷惑だろう、

「せっかく名古屋にいるのになあ、」とかおもいながら、

深夜バス降りて、JR名古屋駅まで、てくてく歩いていく。

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JR名古屋駅の上、ホテルがどーん!、そびえる

ああ!こ、これは。

ここで、名古屋のともだちは結婚式を挙げたのだった。

すげえな。こうしてみると。

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何年前か、もう忘れたけれど、

この、名古屋駅の上にそびえるホテルの、

私はたしかに結婚式に出席し、

なぜかMA-1ジャケットを着て、

なぜか「長渕剛の熱狂的なファン」という設定で、

なぜか『勇次』を、ギター弾き、うたった。

なぜか結婚式の披露宴で。

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すると、

新婦側の、長渕好きの出席者から、

「いや~良かったよ、」言われたことは

もはや、なんだかよくわからないが、

もはや、なんだかよくわからないが、

うれしかった。

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結婚式か~!

早朝。JR名古屋駅の上にそびえるホテルを見上げる。

あの上のほうで、

私自身、もうちょっと若かったし、

みんなも、もうちょっと若かった。

晴れの日に、スーツ着て、ともだちの結婚式。

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JR名古屋駅。

ホテルの下、早朝の改札口から、

今回の私の関西への鉄道旅、はじまります。

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(のぶ)

2016年3月22日 (火)

サッサン、関西へ行く

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23日は、のらちゃんの命日。

サッサン、関西へ行ってきます。

各地でいろいろやってきます。

おたのしみに!

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(のぶ)

2016年3月17日 (木)

サッサン、それはうたになる ブライアン・ウィルソンのチケットを持っている

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ペットサウンズ。

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ブライアン・ウィルソン(ビーチボーイズ)、

4月の来日公演『ペットサウンズ50周年ライブ』のチケットを、

私は、去年12月からずっと、持っているのである。

このことが、ほんとに、うれしい。

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4月、その日に向けて、

ブライアン・ウィルソン『ペットサウンズ ライブ』(2002)を聴く毎日。

コーラスワークのすばらしさ!

こんな演奏が私はもうすぐ生で聴ける。

ああ。なんてすばらしいことなんだろう。

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もうすぐ生で聴ける。

そのチケットをもっている。

私が感じている、このすばらしさ。

これを読んでいる方々に、どこまで伝わっているのか、わからないけど、

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芸能にかかわるすべてのことは、

すべて、こういうすばらしさに、かかわっているのだなあ、

とおもうと、

私は、はやく芸能にかかわるべきだし

「やっぱ、ライブだべ!」とおもう。(なぜか、福士)

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(のぶ)

2016年3月16日 (水)

サッサン、ANATAKIKOUのライブに行く

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きょうも、

あしたも、

ずっときみをおもうよ、

ANATAKIKOU 『今日も明日も』

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泣きました。

の、のらちゃん。

「今日も明日も、ずっと君を想うよ。」

事実であり、願いであり、誓いであり

こんな歌詞が

サビで声いっぱいうたわれることのすばらしさ。

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うたは、なんのためにあるのか

私たちは、なぜ、うたうのか

そういう根源に突き刺さってくる、

いいサビだとおもいます。

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ANATAKIKOUのライブに行ってきました。

ライブハウス「青山 月見ル君想フ」。

略して、ツキミル。

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なつかしい。

ツキミル来たの、何年ぶり?

おしゃれなまち南青山で、

郊外のカントリーロックバンド、

バンドオブグリマーズがライブしてたよ、

なんて、

まるで、誰かが言った、ふざけた冗談みたいだね。

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しかし結果的に、

「南青山であじわう、土着のもの」

なんか、最先端、とんがってる、

「あれって実は、すごい、おしゃれだった?」、気がするのは

いまの私の、気のせいなのだろう

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か?

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南青山こそ、バンドオブグリマーズ。

ほんとかよ。

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アナタキコウのライブ、よかったです。

女性3人のバックバンドって!すげえな。

コーラスで、今後もっと良くなるはず。

どんどん、いいバンドになってる。

ほんとだよ。

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(のぶ)

2016年3月11日 (金)

震災から5年  サッサン、それはうたになる。 モータウンを聴いて泣く

『きみがそばにいるってこと』

ああ、なによりも  このふるえるリアル

ねえ、きみ

なによりも  きみがそばにいるってこと

壁にきみの写真を掛けたんだ

だけど きみは ぼくを見つめることも

そばに来てくれることも できやしない

きみのなまえを呼ぶ

はぁ。そうだよな。これはただの写真


きみがそばにいないから

きみからの手紙を読む

でも手紙じゃ

ぼくの耳元でささやく きみの甘い声

あぁ。あのふるえる感動は ありやしない


ああ、なによりも  このふるえるリアル

ねえ、きみ

なによりも きみがそばにいるってこと



ぼくはあれこれ思い描いては たのしんでいる

でも本当はわかってるんだ

きみが その腕のなかにぼくを包みこんでくれる

うん。ぬくもりが必要なんだって


ぼくには思い出がある

きみがいないとき  それがぼくの救い

でも よくわかっているんだ

きみがそばにいるってこと

そう。それに代わるものは何もないんだってね


ああ、なによりも  このふるえるリアル

ねえ、きみ

なによりも  きみがそばにいるってこと

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ああ、われながら、いい歌詞ができた。すばらしい!

新曲、ついに完成!

というのも、やっぱりウソ。

これは、

『AIN'T NOTHING LIKE THE REAL THING』という曲のサッサン訳です。

(注:かなり強引に、私の好きなようにしました。意訳しまくり。もはや別物?オリジナル?

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『AIN'T NOTHING LIKE THE REAL THING』

この曲は、

古今東西、すべてのポップスのなかで、

私がいちばん好きな曲かもしれない。

ずいぶん、おおげさですが、

この曲より良い曲が、思い浮かばない。

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今回は、

ドゥービーブラザースのマイケル・マクドナルドが

モータウンの曲をカバーしたアルバム『モータウン』(2003)に

収録されていたバージョンで聴きました。

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聴いてて、なんか泣きました。

本来は、これ、デュエット曲なんですが

マイケル・マクドナルドがひとりでうたっていることで、

歌詞全体、一人称「ぼく」になって、

「ここにはいない きみをおもう」

ひとりのおとこの「切なさ」が倍増しています。

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「のらちゃんのうたをつくろう、」と

イバラキで、かまボイラー清水さんと奮闘しましたが、

「ここにはいない  きみをおもう」は、

こういうアプローチでも、あらわせるのだなあ、と気づく。

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もちろん、この曲は、

本来は、恋する男女のはなし。

1968年のラブソングです。

ケータイもスマホもない時代。50年前。

写真や手紙、空想、思い出のことが、うたわれていますが、

いまだに内容がぜんぜん古びてないことは、

私はもっと信じていいはずです。

ラブソング。愛のちからを。

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愛のちからで、いまだって、私は

西野カナにだってなれるのだ。

(ほんとかよ。)

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(のぶ)

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ちなみに、こちらが、

https://www.youtube.com/watch?v=svAs-6MiqxE

私が、すべてのポップスのなかで、

第1位だとおもってる 『AIN'T NOTHING~

マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのオリジナルヴァージョン(1968)です。

何から何まで完璧。すばらしすぎます。

2016年3月 9日 (水)

サッサン、自分の弾くギターを聴く

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窓の奥は防音スタジオ!すげ!

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前回のつづき。

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改めて。

かまボイラー清水さんと私が、セッションした音源を

ぜひ、みなさま、聴いてみて下さい。

http://sadamizu.seesaa.net/article/434611895.html

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特に、二曲目『夜が明けるまで』。

清水さんが作曲した、歌なしのインスト曲。

私がその場で即興でリードギターを弾いてます。

も。これが、なかなか、私は好きです。

けっこう好き。

いや、かなり好きかも。

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私のギターは、

ところどころスケール(音階)外してて、ヘタだし、

つっこんだり、ひっこんだり、ふらふらしていますが、

そんなことは、どうでもよろしい。

(こんなもん、ちょっと練習すれば直ります。たぶん)

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それよりも。

このときのふたりの演奏には、なにか大事なものがある。

めんどくさいから、はっきりいうと、

これは、いい音楽だとおもう。

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なんというか、

この演奏には、よろこびがある。ソウルがある。

ふたりの「いくぞっ!」「いくぞっ!」という気持ちがあらわれてる。

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こういう音楽を、私は聴きたい。

こういう音楽が、世の中にあると、いいとおもう。

自分で言ってりゃ世話ないが、

自分で、こんなこと言えるって、すばらしいことじゃない?

『夜が明けるまで』。ぜひ聴いてみて下さい。

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(のぶ)

2016年3月 8日 (火)

サッサン、イバラキへ行く ひたちなか かまボイラー清水さんとあそぶ

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サッサン&ディラン。清水邸にて。ひたちなか市。

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清水さん宅に入ると、

うちのなかが、ちょーかっこよい。

最近の若いひとが家を建てると、こんなかっこいいうちをつくっちゃうんだ!とびっくり。

広々としたリビングに、

音楽を自由にやるための空間があり、ゆめみたいだ。

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清水さんと会うのは久しぶり。

まずはお茶を飲んでおしゃべり、ということもなく、

さっそくギターを手に取り、

ふたりでセッションをはじめる。

私たちにはこういうコミュニケーションがいいみたい。

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自慢にもならないが、

私はソロ活動ばっかりで、しかもソロライブすら半年やってない。

他人と楽器演奏をするのはずいぶん久しぶりで、

おれ、なんか現役感ねえな~。ううむ。

リハビリみたいになってて、。でも、

だれかと演奏をするって、こんなにたのしかったっけ?

ものすっごい、たのしい。

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清水さんがとりあえず『武州オンザロード』をやろう、というので、

清水さんアレンジの『武州』をふたりで演奏する。

清水さんがうたい、ギターを弾き、それに合わせ、

私がリードギターを弾く。

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そのむかし、

敬愛するギタリスト五味孝氏さん(T-BOLAN)に、

「サッサンは、ひとに合わせるタイプじゃないから、ギタリストにはなれないな、

あくまで自分がフロントマンにならなきゃ、ダメだ」と

はっきり「宣告」されてましたが、

「あぁ、こういうことだったんですね、五味さん、」と

私は、リードギターを弾きながら、

遠く、イバラキの地で、五味さんのことをおもう。

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それにしても、ふたりでギターを弾き、うたい、

それをすぐレコーディングして、聴き返す。

あぁ、なんて楽しい時間。

このときの演奏、『武州オンザロード』『夜が明けるまで』の2曲が、清水さんのブログにアップされてます。

http://sadamizu.seesaa.net/article/434611895.html

恥ずかしいけど、みなさま、ぜひ聴いてみてください。

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『夜が明けるまで』のリードギター・サッサン。

ミスなんて、どうでもいい、

われながら、アツく、燃えてるな!ちょっといいところがあります。

即興で弾いたわりに、わたくし、けっこう気に入ってます。

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全然曲ができない、と、ぼやく私に向かって、

「のらちゃんのうたをつくろう、」と清水さんが提案。

清水さんの書き溜めてある膨大な曲のなかから、

ひとつを選んで、ふたりであれこれやっていきます。

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のらちゃんのうたにはしませんが、

サビの締めが

「泣きたいだけ、泣けばいい」みたいな曲で、

「あぁ、そこの歌詞はいいね、」と私はおもう。

歌詞を私が全面的に作り変えることになって、

ネットでデータを送りながら、この曲を作り上げよう、ということになりました。

リハビリ、。どんどん、リハビリです。

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「イバラキにグリマーズのぶがやってきた、」ということで

遠く日立市から、ウスイさん&サトウさん両氏がわざわざ会いに来てくれて、うれしかった。

のど自慢予選敗退、とか、沖縄の旅とか、

いつも泥ブログ読んでいてくれてたみたいで

ずいぶん久しぶりに会ったわりに、なんか、やけに私のことにくわしくって、笑える。おもしろいね。

清水さんち、

なんか、すっごい、たのしかったなあ!

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(のぶ)

2016年3月 7日 (月)

サッサン、イバラキヘ行く ひたちなか 女子バレーボールを観にいく

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がっかり、サッサン。

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「なあ、お前ら、このままじゃ、負けるぞ。

どうすればいいと思う?」

監督が、逆に、選手に問いかけるしかないんじゃないか。

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第一セット、一回目のタイムアウトをとったとき、

監督は、いま、選手になにをいっているのだろう?

私は気になってしょうがなかった。

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もう、アドバイスすることなんか、なにもない。

いちおう、もっともらしいアドバイスは言えなくはないが、

いまさらブロックの位置がどうの、

言ったところで、それがなにになるのだろう?

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だったら、「このままじゃ負けるぞ。おれには何もできない。」とはっきり言い、

「お前らの好きなようにしていい。この試合をどうしたい?」

と選手たちにゆだねたほうが、

このゲームは、また別のあたらしい世界に入っていくのではないか、と私はおもった。

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負けるのが分かっているからって、

チームが試合を途中で放棄することはありえないし、

見守る私たちが、なにも応援しないことはありえない。

それらしく、バレーボールの試合はつづき、

わが地元チームは、もちろん、ストレートで敗れた。

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負けるのはいい。勝てないものは勝てない。

実力差。それはしょうがない。ただ、

それらしくゲームがつづいていく眺めが、嫌だ。

ああいうとき、誰かが、

「勝ち負け」しかなかった世界を

別のながめに変えていってくれないかなあ、とおもう。

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今回の私のイバラキ行きの、きっかけとなったのは、

女子バレーボール、Vリーグの一部二部の入れ替え戦、

わが地元プロチームが二部降格になるかもしれない、

絶対に、絶対に、負けられないゲームを、

現場で観戦すること、でした。

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「は? Vリーグ?ひたちなかまで?ばかじゃねえの」

エディ兄さんからしたら、ありえない話。それくらいわかってます。

私ですら、「おれ、なにやってんだろ、」とは

JR勝田駅から、ひたちなか総合運動公園までの6キロを走りながら、何度かおもったよ。

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でも、地元のプロチームを応援するって、

なんとも、おもしろかったです。

地元の高校野球部応援も、もちろんいいですが、

プロチームには、助っ人外国人選手がいるってのが、アツいよね。

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(のぶ)

2016年3月 6日 (日)

サッサン、イバラキヘ行く 水戸 ゆるキャラとあそぶ

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サッサン&あらいっぺ

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水戸の偕楽園の梅まつりにあわせて、

茨城の県特産品のおまつりもやっていて、

茨城といえば、あんこう鍋。

あんこう鍋は、ほんと、おいしい。

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茨城のゆるキャラが5体ほど集結していて、

太平洋に面した大洗町のゆるキャラ「あらいっぺ」

レゲエのドレッドヘアーみたいな白い物体は、

大洗特産品の「しらす」をあしらったらしい。

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「パイレーツオブカリビアンのタコ船長」的な「しらす」なのかは知りませんが、ともあれ

たぶん、これを考え、作ったひとたちの、

「なんか、すごくね?ヤバいっしょ~!」と、ふざけている現場が想像できる。たのしそう。

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で。私たちも、

「うっ。こりゃ、ヤバイな、」とおもう。

白いの、ちっちゃい目がいっぱいでこわいし。けど、

全体として、私たちにはもう、「あり。」な存在だ。

それがふしぎ。

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私は「日本人の誇り」みたいなものにはほとんど興味がないにんげんですが、

ゆるキャラの進化をどこまでもゆるしていく

巨大しらすのドレッドヘアーをかわいいに巻き込んでいく

私たちの感覚みたいなものは、けっこうすごいかもなあ、とおもいます。

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こうして、あらためて写真を見ると、

なかにひとがいるなんて、信じられない。

「あらいっぺ」は、ひとつの生きものになってる。

優れたゆるキャラは、現実・リアルを超えていて、いつもすごい。

なかにひとがいるなんて信じられない、ということ自体が

ばかみたいで、すごい。

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(のぶ)

2016年3月 5日 (土)

サッサン、イバラキヘ行く 水戸 偕楽園でチョーシに乗る

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サッサン&水戸の梅大使!

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茨城に行ってきました。

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朝、水戸に着き、まず千波湖へ。

千波湖ジョギングは、ほんと、おしゃれ。

駅から近くに、湖一周のこんなすてきなコースがあるなんて、

水戸はなかなかラグジュアリーな街です。軽く走ってから、

梅で有名な、水戸の偕楽園に行きます。

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私は、なんかほんと、梅が好きで、

梅林にいると、ひんやりとした、いいにおいがするから、

桜の圧倒的な見た目よりも、梅のしずかなにおいのほうが、

エンターテインメントとして勝っているとおもう。

(ヘンなにほんご。でも、通じるでしょ?)

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「梅の大使」のお嬢さんたちと写真を撮る。

はなやかな和装のお嬢さんたちに囲まれ、

舞い上がってしまっているようにも、サッサン、みえなくはないが、

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実は

あたまのなかでは、波照間で出会った彼女のことをかんがえていて、

だって、彼女がこんな格好したら、もう、きれいすぎて、どうなっちゃうのよ?

とかおもったりしている。実は。

お嬢さんたちの存在が虚ろになっていく。

そういうのって、ひととして、いけませんよね。やっぱり。

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(のぶ)

2016年3月 1日 (火)

サッサン、ゲーム展にて、こどもに尊敬される

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ディグダグ (ナムコ社)

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「うわ~っ! にいさん、すっげぇ!」

こどもが歓声をあげる。

私の必殺、「ディグダグ岩落とし」は、

モンスターをいちどに退治する。そのさまは

あまりにも、うつくしすぎる。

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県内のミュージアムでやっていた

「あそぶ!ゲーム展」。最終日。

ふたたび、行ってきました。

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石垣島の洋菓子屋さんで、遭遇した

『スクランブル』(コナミ社)。

まさにクラシックなテーブル型アーケードゲーム機が目の前にあったのに

プレイできなかったことが、どうも心残りでした。

あれはきっと、きっかけ・つながりなんだよな、とおもいました。

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も。最終日、日曜日のゲーム展は、親子連れで大盛況。

私のような、孤独なクラシックゲーム好きは、居心地がわるい。

そして、さらにわるいことに、

ヘンにゲームがうまいので、

なかなかゲームオーバーにならないのだ。

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私のうしろに、こどもたちの行列ができてしまって、

子供連れの親御さんからしたら、

「早く終われ!この、くそゲーマーが!」

そんな無言のプレッシャーを背中で浴び続ける。

実にやりづらい。(それに私はゲーマーではない)

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この日はディグダグで、

ハイスコア240000点を出した輩がいたようで、

「ほお。やるじゃない、」

ディグダグには思い入れがある私も負けていられない。

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100000点を超えたあたりで、まだ3機のこってる。

まだまだいけるぞ。

も、私のうしろが、ほんとにすごい行列になってしまっていて、

面クリアしたあと、ちょっと後ろを振り返ると

親御さんたちの

「てめ、いいかげんにしろよ。」という視線が痛すぎる。

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その後、いつもならありえないミスを連発。

私が一機死ぬごとに、

親御さんたちの「イエス!」という喜びが伝わってくるのは、気のせいか。

結局120000点あたりで、ゲームオーバー。

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閉館前に、もういちどディグダグをやっておきたい、と列に並ぶ。

小学校低学年のこどもがディグダグをやっていて、

ぜんぜんゲームを理解していない。

たぶんこのままでは、この子はディグダグのおもしろさをわからないまま終わってしまう。

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おもわず、後ろから声をかける。

一番簡単なやりかた、ポンプでモンスターを退治するやりかたを教えてあげると、

「ああ、そういうことか~」とやっとゲームを理解したようで

たのしそうな歓声をあげはじめる。

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も。恐竜モンスターの火炎攻撃を浴びて、一機死ぬ。

「恐竜のよこにいたら、ダメだよ、火を浴びて死んじゃうよ」と教えてあげるも、

その後もなぜか、火炎攻撃で二機死ぬ。

ゲームオーバー。

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でも。恐竜の火炎攻撃を浴びて死ぬことは、それはそれで

このディグダグというゲームの醍醐味であり、

こどもは、「あち~!」と、きゃあきゃあ笑ってたのしそう。よかった。

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「じゃあ、にいさんの番だ、どんだけやるのか、みせてよ、」とこどもは私に席を譲る。

よし。こどもからの信任状を受けて、私はもう親御さんの視線は気にしない。

ディグダグの高みを目指す。

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『ディグダグ』というゲームのおもしろいところは、

ポンプならば簡単に倒せるやりかたがありつつも、

岩を落として一度にモンスターを退治することができる、

じつに爽快なやりかたがあることです。

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こどもは、私がなぜポンプで手っ取り早くモンスターをたおさずに、

そのままにしておくのか、理解できないようで、

「ね~、なんで、やっつけないの?」と訊いてきます。

で。

私がモンスターを全部おびき寄せて、

「そりゃ!」と岩を落とし、一気に退治すると、

「え~?なにこれ~?」と歓声をあげます。

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でも、なぜ、手っ取り早く、ポンプでモンスターをやっつけないのかが、

こどもはどうしても気になるらしく、

「ねえ、なんでやっつけないの?」とまた訊いてきます。

私も、なんで手っ取り早くやっつけないんだろう?と考えはじめます。

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「かっこいいからだよ、」と答えました。

ただモンスターをやっつければいいってものじゃない。

このディグダグというゲームには、気持ちよさ、クールさ、というのが大事で、

結果じゃない、プレイのなかによろこびがあるのだ。

それがこどもにも伝わるかなあ、とおもいましたら。

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「あ~!そっか!」と

こどもがでっかい声で言ったのは、

私はなんかうれしかった。

おれ、いま、すごく大事な教育をしたな、とおもった。

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(のぶ)

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