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2016年6月15日 (水)

サッサン、お悔やみの文章を書く

高校生のグリマーズが五人組だったころ

「バンド合宿」と称して、

スキーをしようということになり、

私の父親が当時、大変お世話になっていた

社長さんの別荘に、男5人で行ったのであった。

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で。別荘の、離れの別宅が私たちに与えられたことをいいことに、

よなよなマージャンをして、

次の日の朝、「ねむいし、めんどくさいから、スキーしない、」とメンバーの意見がまとまって、

それを聞いた社長さん(スキーインストラクターでもある)は、

「おまえらは、なにをしに、やってきたんだ、」と怒ったし、あきれて、

私の父は、その後、しばらく、社長さんに

「あいつらは。まったく。どうしようもなかった。」と言われつづけていたらしい。

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その社長さんの奥さんが亡くなった。と連絡がきた。

突然、出先で倒れて、急死だったそうだ。

社長さんにお悔やみを、というわけで、

私の父はもういないので、

いま、私がお悔やみの文章を作成している。

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社長さんが私の書いた文章を読んで、

自分が気づいていなかった、在りし日の奥さんの姿を

少しでもイメージできたらいいな、とおもう。

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生前ののらちゃんを知っている人から、

のらちゃんはこうだったよね、という話が出てくると、

私だけののらちゃんが、ちがう角度から、また生命を吹き込まれた気がして、

のらちゃんが生き返る。のらちゃんがもっとリアルになる。

生きることの奥ゆかしさに触れることは、もちろん、うれしい。

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そうおもって、

亡くなった奥さんの在りし日のすがたを、

ほんのちょっとでも、私のほうからあらわしていきたい。

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「私はなんで、こんなことに、ものすごいエネルギーを注いでいるのだろう?」と

そのお悔やみの文章を何度も書きなおしながら、おもう。

でも、私はこの文章を、なにか、相手をふわっとさせる、いいものにしたい。

この衝動はきっと、ものづくりそのものだ。そうかんじる。

歌詞だけじゃない、こういうことも全部つながっている。

香典が届き、同封された文章など、ちょっと目を通すくらいだろう。

かなしみにあるひとに、気の利いたことばなど、うっとおしいだけである。

でも、

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三遊亭円楽の不倫謝罪会見は、

私はなんかすごくイライラした。

ことばがどのように扱われているか、がイヤだった。

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気の利いたことばを、よどみなくつづける楽太郎をみながら

私たち視聴者は、なにを観させられているのか、とおもった。

なにかがあるとしたら、楽太郎の話芸の力量のアピールであり

そういうのは、ギター腕自慢みたいなもので、

「うまいねえ、」とおもうだけ。つまらない。

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楽太郎のはなしなど、こんなとき、すべきではないのだ。

私は、気の利いたことをつらつらと文章にしていきたくない、とおもった。

じゃあ、ファンキー加藤みたいに、誠心誠意あやまる、みたいな感じがいいか。

じぶんでも、何言ってんだか、もう、よくわかんないが、

「ファンキー加藤、DJケミカルに説教される」といった芸能誌の見出しには、笑った。

この話は、深いよ。

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あと。三遊亭つながりでいうと、

ちょっと前の「笑点」放送で、

「歴史上の人物が言ってはいけないこと」というお題で、

三遊亭小遊三(いちばん左・水色)が、

源頼朝が、ピザ、キャバクラ!」

と答えたのには、私は大笑いした。

ことばの跳躍力が、すばらしい。(注:いざ、鎌倉)

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とにかく。

気の利いたことをつらつら言ってるときは、

「これは全然ダメだ。」とおもえるようにしたい。

ちょっとつっかかる、というか、つまづく感じのことばがいい

そんな気がします。

納得のいく、ごつごつした文章を書き上げたいです。

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(のぶ)

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